第54回ベルリン映画祭タレント・キャンパス参加日記です。

2004年2月5日、ベルリン1日目
早朝、ベルリンへ出発するためハンブルク中央駅へ。
とりあえず出発前の目覚ましにコーラ1リットルを購入。勢いよく口に運んだら異様な香と味。
ラベルを見たら、「コーラ・バニラ」と書いてあった。
とにかくひどいまずさ。残り980ミリ・リットルを破棄して列車に乗り込む。
列車内で爆睡。たまに起きるとバニラの味がする。
約2時間ほどでベルリンに到着。やっぱりベルリンはでかい。
ひとまず会場が集中しているポツダム広場へ直行。タレント・キャンパス用のパスをもらい広場内を
探索。


2004年2月6日、ベルリン2日目
妙に気温が高い。午後からベルリン在住のジャーナリストの青木さんと日本の映画について教鞭を
取る足立さんの取材を受ける。期間中1日5本は映画を見るという。・・・映画はスポーツだ。
ちなみに今回取材して下さった青木さんのサイトはこちらです(映画情報も凄い充実してます!)。
そして、この日は下見を兼ねてポツダム広場を徘徊。


2004年2月7日、ベルリン3日目
「タレント・キャンパス」がスタート。なんと日本人の参加者が8人!全員がフィルムメーカーの
中、作曲家は僕一人。しかもドイツ人扱いされていたため、みんなとのコンタクトはなく、大使館
側も関係者も僕の情報を一切持っていなかった。作曲家としての参加が異例だったのだろうか。
でも映画に音楽は付き物ですよ。
何はともあれすぐにみんなと打ち解ける。この日は説明会からスタートしたのだが、とにかく待ち
時間だらけ。ドイツ生活で慣れていたものの、やはりドイツ人はオーガナイズは得意じゃないらしい。
82カ国520人の参加者をまとめるのは一筋縄ではいかない。それを実現しているだけでも凄い事。
やはり世界で2番目に大きいベルリン映画祭は規模が違う。
夜は会場内にてパーティー。・・・パーティーに対しては皆さん見解が違いますが、クラブ状態に
なった場所ですごす人、踊る人、コンピュータがある静かなエリアで話し込んでいる人、ひとりで
飲んだくれている人などなど、思い思いに楽しんでいるようでした。

タレントキャンパス会場外観です。       会場内はこんな雰囲気です。

ちなみにこの日はarteでダンサーのイリ&オットーのドキュメントが放送された。もちろん作曲家の僕は姿を
現す事はないが、僕の分身である音楽は彼等と共にある。この双児はすごすぎるので、いつか日本の皆さんに
も見て欲しい!


2004年2月8日、ベルリン4日目
朝からタレントキャンパスの会場へ。相変わらず凄い人数。何をするにも並ばなければいけない。
午後から「赤目四十八瀧 心中未遂」を見る。舞台は尼崎という設定だったが、数年前に実際に目
にしたディープ大阪のような世界がそこにあった。ストーリー展開、映像のコントラスト。こん
な映画は見た事なかった。
夜、ユニジャパンの方々が参加者同士の交流をはかるため食事会を開いて下さいました。忙しい
スケジュールの中きちんと話をする暇もなかったので、お互いの事を知るいい機会になった。
ユニジャパンのN村さん、皆さん、本当にありがとうございます。

2004年2月9日、ベルリン5日目
午後からベルリンのレコーディングスタジオ見学。スタジオといっても今や世界中みんな似たよう
なものだ。コンピュータ、デジタルミキサー、プラグイン。良い意味でも悪い意味でも仕様はほと
んど同じ。それでも日本人で海外で録音したがるのは電圧の違い?それとも薬ができるから?とも
かくグローバル化はこんな所にもあった。切り口は音楽の技術的な面を中心にしたディスカッショ
ンで、映画における音楽の在り方にも多少食い込んだものの、とにかく時間の都合でずいぶん巻き
が入ってしまった。 既にフォルクスワーゲンのコンペの最終ノミネート者3名が最終ミックス作業
に入っていたんですが、個人的な差は別に感じませんでした。
夜は
lichtmascineの代表、Peter氏と再会。彼も仕事で映画祭に参加するためハンブルクから来て
いた。相変わらず彼も忙しいようだ。今回は一緒にアメリカ映画「Letter to ture」を見に行った。
写真家を題材にしたドキュメンタリーのような映画だった。うまく書けないけど犬と共に振り返る
アメリカの20世紀史(?)。とにかくおもしろかった。今後一緒に何かやらかす事をPeter氏と約
束し、映画館を後にした。


2004年2月10日、ベルリン6日目
一日中、タレントキャンパス参加者と情報交換。さすが多国籍の精鋭部隊、得られる情報は半端で
はない。各国の事情などは機会を見て書いていきます。
それにしてもこの状況下、あらためて英語という道具は便利だと思う。2年間ヨーロッパで活動し
ていて思うのだが、日本人に足りないのは本当は英語だけなのかもしれない。
夜、「バーバー吉野」の監督、荻上さんより電話を受け2時すぎまでドイツビールを飲む。

2004年2月11日、ベルリン7日目
この日もタレントキャンパス参加者と情報交換。怒られるかもしれないけれど、ワークショップよ
りも学ぶ事が多い。夜、日本大使館とユニジャパンの主催による懇談会に参加。映画祭参加者、
および映画関係者の交流の場となった。実は映画人と音楽人のこういった出会いは以外と少ない。
ヨーロッパでは音楽家は映画の中で「目に見えない役者」と言われている。本来ならば、もっと
製作に携わっていきたいものだが、いまの日本のやり方では難しいのだろうか。やはり仕事をして
いく上で重要なのは「人」だと思う。もっとコミュニケーションの場が欲しい。

2004年2月12日、ベルリン8日目
午後から「バーバー吉野」を見る。ストーリー、キャスティング共に完璧だ。今回は音楽に関して
賛否両論があったみたいだけど、個人的には大賛成です。荻上監督の感性は国籍問わず大ウケでし
た。それにしても、いつも思うのはこっちの観客の反応の良さ。映画を楽しもうとしているのがよ
くわかる。きちんと黙って座っておとなしく見ているのは日本人だけか?
そして夜はタレントキャンパス最終プログラム。各部門のコンペティションの最終結果発表があり
ました。僕が参戦したフォルクスワーゲンのコンペは200の応募、40のノミネート、3つの受賞作
品の決定、最優秀作品はカナダからの参加者でした。残念ながら僕はノミネートのみ、まぁ良しと
します。映像部門では4作品を 参加者全員の投票で選び、ロンドンからの参加者が受賞しました。
出来レースの臭いもプンプンしてましたが、やはりアジア人の地位はまだまだ低すぎです。とにか
く出来る事から頑張ります! という事で、全てのプログラム終了後タレントキャンパス日本代表総
出で寿司屋へ!亭主の御配慮でひとり10ユーロでたらふく食わせていただきました。
やっぱり寿司だよ、寿司。


2004年2月13日、ベルリン9日目
ホテルで爆睡。 しばし観光。でも体力もたず。すいません。

2004年2月14日、ベルリン10日目
朝からインタビューを受けるため、ポツダム広場へ。
昼すぎ日本映画で唯一「バーバー吉野」がキンダーフィルムで特別賞を受賞!という情報が。
スゲー!!

しかも、明日は荻上監督の誕生日。なんてタイミングのいい人だ!というわけで夜は祝杯&誕
生パーティー。おめでとうございます!

とまぁこんな感じで、タレントキャンパス自体は参加人数が多すぎて、まだまだオーガナイズ
の余地が有りという印象でしたが、世界中のクリエイターたちが直接出会えるという点では本
当に良い企画だと思いました。
ただ、これがすぐに創作活動や仕事に100%繋がるとは断言できませんが、こういった企画は
日本でこそ是非やっていただきたいと思いました。日本は海外の優秀なクリエイターを招致す
る事には一生懸命ですが、国内の若手を育てるという事はほとんどやっていません。作曲家も
映画監督も振付家もみんなそうです。日本では卵はあっても、生まれにくいんです。生まれた
としても歩きにくいんです。

それはそうと、今回勝手に応募してくれた嫁さん、ありがとう。勉強になりました。

以上、乱文ではございますが第54回ベルリン映画祭プログラム「第2回タレント・キャンパス」
の報告でした!


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