畑中正人の日記、2003年掲載分です。
2003年12月の日記
12月29日、2003年最後の日記。
もうすぐ今年も終わってしまいますね。
今年もいろんな事がありました。思い出深いのはイリとやった「Trip」と「PRISONERS〜」。
どちらもハンブルク国立歌劇場で公演出来たことは本当に良い経験になりました。
思えばイリとオットーとは変な縁です。(記憶が正しければ)彼等が花々しく登場した92年の
ローザンヌ国際バレエコンクール。僕は当時(高校生でした)地元でテレビで見ていました。
当時漠然と「こういうダンサーのために曲を書いてみたい」と作曲家になる夢を見ていました。
それから約10年後、まさか彼等と一緒に仕事をすることになるとは思ってもみませんでした。
日本にいては絶対に経験し得なかった事、考えもしなかった事、そして出来なかった事。
これも支えてくれた友人、そして何より両親と妻のおかげです。
本当にありがとうございました。
来年はのっけから大忙しですが、気を引き締め直して精進したいと思います。
みなさんにとって2004年が更に良い年になりますように。
そして、2003年もお疲れさまでした。
それでは、よいお年を!!!
12月26日、ベルリン映画祭「タレント・キャンパス」から届いた3つのお題。
1. フォルクスワーゲンのCM曲。
2. 映画「ラン・ローラ・ラン」のワンシーンに対する新しいサウンド・トラック。
3. Thomas Struck作のアニメーション「Stars」のための作曲。
映像の作風、設定、コンセプトがそれぞれ違う3つのお題、
「Volkswagen Score Competition」
締きりは来月16日。
勝負です。
12月22日、友人ダンサーのiBookが壊れたという連絡が入り救助へ向かった。
起動しても画面は死んだまま、立ち上がったとしても本体を傾けるとヘンテコな画面になる。
データも極度に断片化してたので、とりあえず知っているメンテナンスを全部決行。とりあ
えずは普通に使えるまでにはなったけど、あとは基盤だけが心配。なにせダンサーは移動も
多くて扱いも乱雑になりがち。ノートは思ってる以上にデリケートです。
一度買った店には持っていったみたいけど、余計事態が悪化したらしい。 思えば日本にいた
時もあちこちメンテに走ってたなぁ。こっちでもそうなりつつありそう。Mac万歳。
12月20日、たくさんの方より激励の御連絡をいただきました。ありがとうございます!!!
これから2月のベルリン映画祭に向けてしっかりと準備をしたいと思います。
新作作りも順調。おかげさまでやる事がいっぱいです。頑張ります!!
12月15日、報告です。第54回ベルリン映画祭のプログラム「タレント・キャンパス」から
作曲家として公式招待される事が決定しました。来年2月7日からの開催です。
世界各国3600名以上のエントリーから選ばれたそうで、大変光栄なことです。嬉しい!!!
一流のクリエイターとのディスカッション、本当に楽しみです。
12月14日、疑問。昨夜同じアパートに住んでいる人から夕食会に招待されたんですが、
そこで「日本人は働き過ぎだ」という話しが出た。まただ。
確かに働いていますよ、日本人は。長期休暇だって取りにくいし。
でも、僕の目から見てヨーロッパの人たちは働かなすぎ。でも、それでもドイツ人は働いて
いると言い張っている。スペインやイタリアの生活が羨ましいとまで言っていた。
ドイツは完全週休2日制で、労働時間は短くて、長期休暇も1カ月は取れる。
そんな状態でEU圏は不景気だと嘆く。なんか変じゃねーか?
どーも負に落ちない。経済の事はさっぱりわからないけど、どこかでさぼっている経済圏が
あると違う経済圏にとばっちりとか来ないんですかね。日本って凄い働いていますよね。で
もヨーロッパとかで経済会議すると「日本にはもっと頑張ってもらわないと」みたいな事言
われてますよね。やっぱり何か変だ。
まぁこれはヨーロッパ地域に住んでいる人全員に当てはまることではないけれど、少なくとも
昨夜話したドイツ人の方々は、働く気ゼロ。むしろもっと休みたい感じだった。
だけど、お金は欲しい、常に豊かでありたい。これって一体何主義って言うんだ?
これがヨーロッパの個人主義なのか?
もう、EU経済は衰退しきっているんでしょうか。この先もっとおかしな状態になるような気
がしてなりません。
日本の皆さん、元気出していきましょう。
12月12日。ここ数日は物凄い寒さでした。さすがは北欧エリア。
道北出身でも寒いものは寒いっす。ちなみに、雪はありません。
さっきハンブルク中心部にある某電気屋で買い物をして、レジで端数をちょっきり払おうと
小銭を出したら拒否された。まただ。
新アルバム制作の方はかなり方向性が見えてきました。年内にはかなり形になりそう。
12月9日、ビザ更新行って参りました。それがまぁ、色んな事がありまして。
今まで、ドイツ人の職を決して奪わない、ドイツでは稼いではいけない、つまり
日本からの仕事のみに頼れ!という事で何とか滞在権を得てきたわけですが、
今日の更新で、
「なんで、ドイツで稼がないの?」
と全く予想もしない一言。
いやいやいや、ここじゃ稼いじゃいけないって今迄の申請で言わたんですけど。
「ここに住む意味ないじゃん」
はぁ!?
なんじゃ、そりゃ!!
今まで恐怖におののき、ここでの売込みを自粛してきたのは一体何だったのか。
おそるべし、ドイチェランド。 ちょっとおもしろいよ、ドイツ人。
わかりました。
ここで稼がせていただきます。
それがここで住む者の定めなら。
つーか、もっと早く言ってよ。
ということで、ひとまず更新無事終了。
12月8日、いよいよ明日ビザ更新。
何言われるんだろうなー。この国から出て行け!このジャップが!とか言われるのかな(笑)。
ま、住めなくなったら日本に帰りますよ。
12月3日、ようやく新アルバムの制作を再開。内容は既にほぼ決まってきています。 まだここで報告できる程の進行状況ではありませんが、久々の歌ものです。 とりあえず焦る気持ちを抑えつつ、年内は完成に向けて集中したいところです。
12月1日、今年もあと1ヶ月。そしてあと1週間後には恐怖のビザ更新。
もー今から不安だらけです。成るようにしか成らないとはいえ、去年はたまたまいい人に当
ったからいいようなものの、今回もそうとは限らない。
すごいキレる担当者とかいるんですよ。向こうもサービス業とかではないし、きっと片言の
ドイツ語ばかり毎日聞いているからイラっとしてるんだろうし。わざと早口で話している時
すらある。まぁ気に入らないんだろうなぁ、どこの馬の骨かわかんない黄色い奴が作曲家名
乗ってこの街に住ませてくれって言ってんだから。
ま、どうなることやら見物です。
2003年11月の日記
11月28日、今日は久々にSternschanzeへ。そしてこれまた久々にElbtonalのリーダーの
ヤンとお茶をした。シュタンシャンツェと言えば多くのアーティストが住んでいる街で、若
手ミュージシャンなどもゴロゴロいる。あやしい店もかなり多い。 カフェやレストランなど
もかなり安いのが嬉しい。で、久々にヤンと会ったんだけど、以前僕がリミックスした彼等の
新作アルバムの完成版をまだもらっていなかったので(笑)、それも兼ねて色々とお互いに近
況報告。いまそのCDを聞きながらこの日記を書いているんだけど、かなり前作に比べてポップ。
ゲストにChiristooper Dellという大御所のビヴラフォン&マリンバ奏者の演奏も収録されてい
て、かなり色んな要素(ジャズやクラブミュージック、エレクトロ等々)が混ざっている。
すごくいいアルバムです。お陰さまでリミックスのトラックも好評をいただきまして、そのDell
氏のインプロも追加されているという嬉しい特典付き。ちなみにこのアルバムはイギリスとフラ
ンスとドイツでリリースされてます。売れるといいなぁ。今度はライブで共演したいものです。
お互いの共演を約束して、楽しい時間はあっという間に終了。それにしても英語は本当に楽です。
ドイツ語やっているとそのありがたみがわかります。
それにしても、ヤンは会うといつも二日酔いだと言っている。浴びるほど飲むからなぁ。日本で
会った時もひどいビールの量だった。・・・こわい。
11月25日、こちらはクリスマスモード一色です。日本はいかがですか?
最近気付いたんだけど、10代後半から20代前半にかけてやたらと勉強していた和声、コード
の知識をほとんど使っていないが判明。もちろんその学んだ事をフルに使っていた時期もあっ
たけども、今はむしろちゃんと独学を始める前のイメージでやっている気がする。
だから、曲を作る上ではあまりものを考えていない。これっていい事なのかどうかわからない
けど、とりあえずそうしたいのだから仕方ない。なんかこんな曲作ったらこう思われるんじゃ
ないかとか、人にこう思われたいとか、こうするべきだ、とか。いつからかそんな感情に囚わ
れながら黙々と仕事をしていたのかもしれない。
やりたい音楽をやらないと。
11月21日、最近ようやく自分のドイツ語が通じはじめた。それでもまだまだやっぱり聞
き取りに自信なし。なので困ると結局英語が口から出てしまう。
だいぶ話はそれるけど、ハンブルクでも店や人によって全然対応が違うわけなんですが、
何故かゲイの人からの対応がめちゃいい。レジなんかでもそれっぽい人からウインクされ
たり。どうリアクションして良いものか。ハンブルクってゲイ同士の結婚が認められてい
る州で、その上、市長自身がゲイなものですから、そりゃもう周辺地域からも集まってく
るわけです。なのでそういう場面に出くわす事が多い。まぁでも自分にそういう気はない
ので、こっちじゃよくある事だと流していますが(今となっては見た目でそうかどうかわ
かるようになってしまった)。でも、買い物とかで対応が親切な事自体は良い事だし、性
格もかわいかったり優しかったりするので、人として好きです。
あと、フィリピンとかタイの人からとても親切にされます。日本人ですと言っても、絶対
ハーフだとか現地から来たと言われます。でも東南アジアの人はとても明るくて、前向き、
心があたたかいので好きです(メシも旨いしね)。ちなみに僕の顔は現地の俳優顔らしい。
もっと早く気付いていれば・・・。
11月19日、昨夜偶然TVでRADIOHEADのライブに遭遇。フランスで行われたアコースティ
ック・ライブでたった2人でのパフォーマンス。久しぶりにテレビにかじりついて見てしま
った。凄い良かったっす。ビデオもとったので日本の友人にも送りたいところだけど、PAL
なんだよな・・・。
11月15日、昨夜はMusik Halleでバリのガムランを見に行って来ました。かつて民族音楽
を独習していた頃にCDでしか聞いた事がなかったのですが、 本物の演奏に圧倒された。
低音のゴングにやられてしまった。これぞ正真正銘のメタル・ミュージック。
ケチャも凄かったし、本当に行って良かった。
11月11日、昨日ヤロスから電話が来て、ほぼ振付けが出来たという。来月細かい部分を詰
める事に。新作のコンセプトとテーマもほぼ確定。変な話だけどジャケットのイメージが先
に出来てしまった(我流なのでデザインと呼べる代物ではないけれど)。あとは作業のみ。
11月8日、「The Sleeping Beauty」良かったです。かなり長時間の大作、舞台装置も
凄かった。普段はあまり見られないコミカルな場面もあったし、何よりザーシャの回転は
凄い。で、翌日主役をやっていたシルビアから連絡が入り、いきなりパーティがあるから
来て!と呼び出され、行ってみたらシルビアの誕生日パーティーだった。シルビアの自宅
近くの会場にはハンブルクバレエのダンサーたちが集まっていた。こんなにいっぺんに会
える機会はないだろう。シルビア、ザーシャ、ヘザー、ヤロス、セバスチャンたちと挨拶
を交わす。有吉君とはドンペリ以来久々の対面。途中からイリも登場、会うなりこないだ
国立で再演した「PRISONERS OF FEELINGS」を見たジョン・ノイマイヤーが初めて褒め
た!と教えてくれた。たとえイリとオットーでもほめられる事はあまりないらしい。
いやー、良かった!あと、なんか有名な批評家の人が絶賛して、その気持ちをイリとオット
ーに伝えて欲しいとわざわざバレエ団のプレスに連絡が入ったみたいです。こういう話しを
聞くと、改めて今回あの大事な曲を彼等に託して本当に良かったと思います。で、話しをパ
ーティに戻しますが、ヨハンというフランス人のダンサーがいるんですが、大のマンガ好き
という事が発覚。どうも前から何か親近感があると思っていたらそういう事だったんだと納
得。「シティハンター」が好きだとか、すごい日本語的発音で「キャプテン翼」と言われた
時は思わず爆笑。とにかくやたらとマンガとアニメに詳しい(自分も好きだけど)。こりゃ
キリがないのでヨハンとは次回個別に会って熱く語る事を約束。とこんな感じで、とにかく
久々に皆といっぺんに会えて楽しい時間を過ごせました。そして小さな体ではしゃぎまくる
シルビアからパワーをもらった気がします。シルビアありがとう!そして誕生日おめでとう!
11月4日、日曜日にハンブルク国立歌劇場で行われたハンブルクバレエ団のワークショップ
に行って来ました。今回はエイズのチャリティーの主旨もあったので、かなりのお客さんが
来ていました。ハンブルクバレエ以外のダンサーも何人かいて、日本人のダンサーも参加し
ていました。イリとオットーの「PRISONERS OF FEELINGS」も無事に公演終了、今回は照
明はフラットの状態でやったので、コペンハーゲンの時のような雰囲気にはなりませんでし
たが、会場のウケも良かったのでホッとしました。やっぱり国立歌劇場で自分の曲がかかる
のは変な気分。いつもバッハだのショパンが演奏される会場だから余計違和感あります。
それにしてもワークショップにあれだけ大勢の人が詰め掛けるとは、さすがノイマイヤー氏
の影響力は多大です。(今回もなかなかチケットが取れなくて前半は舞台の袖で見てました)
ちなみに今日はこれから「The Sleeping Beauty」を見て来ます。
2003年10月の日記
10月30日、突然ですが来月大阪で開かれるルイ・ヴィトン25周年パーティーのオープニン
グ用の曲を担当する事になり、慌てて作業に入りました(すんごい急ですが)。
どのような曲が出来るのかはまだこれからですが、実際に見に行けないのが残念です。
そして、昨夜はハンブルクバレエのヘザーさんの自宅で、日本人のバレエダンサーで現在モ
スクワ在住の斉藤ゆかりさんと御会いしました。ロシア出身のヤロスもいたので、日本語、
英語、ロシア語が飛び交う中で面白い話しがたくさん聞けました。おまけにヤロスからは作曲
依頼も受け、ホクホクの心で帰宅。おかげさまで来月も忙しくなりそうです。
10月22日、今日はいい天気でした。何だかんだ言って秋が一番好き。年齢と共に寒いのは
勘弁と思うけど。昨夜ある方よりお借りしたビデオの中に偶然NHKのプロジェクトXが入っ
ていた。当然、号泣(笑)。あの番組を見るたびに、自分はなんてちっぽけな仕事をしてい
るんだと思ってしまいます。自分は音楽で何ができるんだろう?自分の思いや欲求をぶつけ
るだけなんていう自己完結よりも、もっとやるべき事があるんじゃないのか? そんな事を
思いつつ作業机の前で新作の構想を練っています。
10月21日、自分は音楽評論家ではないのでよくわかりませんが、ドイツのPOPシーンが急
に賑わっている。センス、技術、ビジュアル、昨年と比べたらエライ違い。まぁ言ってしま
えば田舎臭さが減ったというか、なんというか。でもドイツからデビューしているんだけど、
どう見ても外国人(トルコとかアジアとか、隣国も含めて)っていう人が目立って売れてい
る。でもシーンもグローバル化っていうやつなのか、増々USなのかUKなのか、DEなのかわ
からなくなってきている。これっていい事なのか? でも今は音楽よりPV作る人の方が競争
激しくて大変そう。今の人たちは目がこえているだろうし。
まぁ、こんな感じで最近は、ポップスをまたやりたくなっている。舞台音楽や現代音楽には
なくてポップスにあるもの。その逆もまたしかり。いつも色んな接点を持つべきだと思うわ
けで。相変わらず根無し草的に活動しているけれど、音楽への衝動ってものは色んな形で自
分の中に生まれては消えて行く。とりあえず作り続けるしかないね。
10月8日、ハンブルクはいきなり冬が来たのか、かなり寒いです。
さて、先日ギタリストの内橋和久さんよりメールをいただき、
来月大阪で行われる7th フェスティバルビヨンドイノセンス '2003のsoundmail project
に参加する事が決まりました。これは、DUOで演奏されるのを想定したSOLO音源を海外から
日本に送り、現地のミュージシャンがそれと即興で演奏するという企画です。
内橋さんとは7年ほど前に札幌で御会いして以来のお付合いですが、このような形で歴史ある
フェスティバルに参加できる事をとても光栄に思います。
早速準備に入らないと!
10月5日、価値観はリアルタイムでどんどん変わっていく。
急にビートの入った音楽をやりたくなってみたり、ひたすら静かなものをやってみたくなっ
たり。ようやくアルバム2枚分くらいのアイディアに絞られてきた。
それとは別に映像制作の独習も少しずつ始めた。かつて小学生の頃、撮影のノウハウを覚え
させられ、一方で父親から写真を習った時の感覚や記憶が最近妙に気になる。
音楽だけでは伝えられない事がある。だから今迄も映像や美術や舞台や踊りの人たちとの関
わりを求めていた。音楽を始めた時から音楽という枠組みを越えて行きたいと思っていた。
でも、まだまだ理想にはほど遠い。
10月3日、サウンド試聴コーナーが全てMP3になりました。これから新曲が出来たらどんど
んお知らせしていければと思っていますので、今後とも宜しくお願いします!
2003年9月の日記
9月29日、いよいよハンブルクも本格的な秋。曇り、雨、寒い風。典型的なヨーロッパの
風景のひとつ。ま、篭るにはいい環境なのかもしれませんが・・・。
それにしても北海道の地震には驚きました。実家にも電話しました。ドイツには地震があ
りませんが、本当に嫌ですよね地震は。
さて、停滞ぎみだった新作の制作を再開しました。
どうなるかは本人にもよくわかりませんが。今の自分自身の見解では、数枚のアルバムに
なる予定です。ちょっと1枚では収まりきれない感じです。
さぁーこのハンブルクの重たい空の下、気を引き締めて頑張ります!
9月20日、さっき久しぶりにSigur RosのHPを見た。
ライブ映像がもりだくさん。ヤバイ、やっぱり良い。いま一番ライブを見てみたいバンドだ。
来月にはNYでマースカニングハムのバレエ作品のために書いたRADIOHEADとSigur Rosの
曲が(踊りと共に)初演されるらしい。
マースカニングガムも頼りすぎ。
9月18日、今日のハンブルクは何故か猛暑でした。どうなってんだ?
結局風邪で一週間は棒にふってしまったので、残っていた作業を大急ぎで終わらせる。譜面
も一旦手書きで書いてそれからコンピュータに、なんてやってられないので、直接譜面作成
ソフトに書き込んでいく。アレンジなどに変更があればそこで随時画面上で修正していく。
終わってみればいつもの倍の早さで作業が終わる。
・・・こういう時はコンピュータって便利だなぁと思うけど。
とにかくこれで次の作業に入れます。
9月16日、ようやく風邪から復活!仕事も再開。久々に夜の街を散歩。
やはり外はいいもんです。そして阪神優勝おめでとう。
9月14日、なかなか風邪が治らない。確か1年前もひどい風邪にやられたっけ。何度も書い
ているかもしれないけど、ドイツの風邪は腹が立つ程しつこい。周りの知人には薬も飲まず、
食べもしないなんて人もいたり(これは極端な人だけど)、外へ行くと結構みんなゴホゴホ
やっている。みんなちゃんと治さないから風邪菌が強くなってるんじゃないのか? ともかく、
ドイツの薬は異常に効くので助かってます。でも日本にいたころは筋肉注射打って、点滴打
ってドッサリ薬をもらって、とっとと自宅静養すれば3日で治っていた。あの怪しいかかりつ
けの医者が懐かしい。それにしても、これから忙しくなる!って時に絶対に風邪をひく。
皆さんも健康には注意して下さい。
9月11日、そういえば最近どんどん楽譜を書く行為が減っている事に気付く。 いつ頃からだ
ろう?音楽の勉強を始めた頃はしょっちゅう書いていたし、安価なポンコツのシーケンサー
で作っていた専門学校生の頃も確かに書いていた。
コンピュータを導入したプロ駆け出し時代にも書いていた。おそらくここ2年くらいだろうか、
きっちり譜面に起こしていたのが、いつしか簡単なモチーフをなぐり書くだけになってしまっ
た。しかもその楽譜は大事にとっておくでもなく、その内なくしてしまうのが当たり前になっ
てしまった。これは、いい事なのか?悪い事なのか?でも何か危険を感じるのだけはわかる。
コンピュータを使って仕事をするようになって、デモを作るのも、スケッチから起こすのも、
完パケで納品するのも、それをメールで送るのもコンピュータがないと不可能になっている。
年々自分の音楽を楽譜に残さず、怠けている自分に気付く。音楽は楽譜が全てじゃないけれど、
突然消えるデータにビクビクしているよりは、マシというものだ。でも音楽は楽譜なんかを遥
かに越えてひとり歩きするものでもある。あ〜、でもそもそも苦手なのかなぁ?机にかじりつ
いて音楽を考えるってのが。そう、音が浮かぶ時はいつも突然。これも言い訳か。
9月11日と聞くと、あの映像が頭に浮かんでしまう。あの青かった空もやけにこびりついている。
9月6日、さっきヤフーのニュースで見たんですけど、とある地方(日本)で大蛇騒ぎがあった
ようですね。そーいえばその昔我が故郷で、海に向かって国道を横切っている大木みたいな蛇
を見たと母親の知り合いが言っていた話しを思い出します。でも親はとても冷静に 「山に百年、
海に百年住んで、その後龍になって空に昇っていくんだよ」、と言われ、なんて事を冷静に言
うんだと思っていました。しかし、母方のおじいさんは子供の頃昇っていく龍を見たというし、
全く無い話しでもないのでしょうか。しかしそれより先日両親と電話で話した時、ウォーキン
グ中(早歩きするやつね)にしばらく気付かないまま熊に追いかけられていた某校長先生の話
しを聞いて、我が故郷では安心して体力作りもできないのか、とその自然の驚異に圧倒された。
我が故郷にはまだまだ未知の世界がたくさんあるみたい。校長先生頑張れ!
2003年8月の日記
8月29日、半月近くも日記を更新していないと思っていたらもう8月も終わりなんですね。
昨日はまだ暖かかったですが気温も確実に低くなってきていて、日照時間もどんどん短くなっ
てます。自宅近くのオープンカフェやレストランではすっかり外で過ごしている人が減ってき
ています。それでもちょっとでも日が出るとアイスを食べながら歩く人がいるあたり、終わっ
た夏とやってくる秋を認めたくない! といった感じなんでしょう。
さて、なんだか色んな作業が重なって時間がいくらあっても足りない状態ですが、この秋から
ちょっと新プロジェクトもスタートするので、気を抜かずに作業を続けています。
あ!あとコペンハーゲンでのイリ&オットーの映像ですが、もうそろそろアップ可能になると
思います。もうしばらくお待ち下さい。
追伸。今回の公演『PRISONERS OF FEELINGS』のプレビュー映像アップしました。Sound&Movieコーナーへ!
8月15日、作業場の整理。なんだか殺伐とした夏をおくっていたので、書類やメールなど全然
整理できてなかった。ハンブルクはいつの間にか猛暑から涼しい風が吹くようになった。
なんか、結局バタバタした夏だったなー(これからもそうだけど)。
それでも先日、突然ハンブルクバレエのヘザーさんから連絡が来て夕食に招待された。ヘザー
はバレエ団の中で女王的存在。そんな彼女の手料理は抜群。ストロベリーバターなる物を初め
て食した。パンケーキなようなものに付けるものなんだけど、これがメチヤうまい!日本で一
緒に仕事した時の思い出話しやこれからの事をたくさん話した。ハンブルクにいるとなかなか
のんびりできないものだし、彼女もそう。世界的なダンサーになるとなかなか休みなんてない
だろうに、それでも我らと過ごしてくれたその時間はとても貴重なものだった。今度のシーズ
ンはいよいよハンブルクバレエ30周年。スケジュールも一気に増えるし、ツアーも多い。本当
にダンサーって大変な職業だなと思う。ヘザーさん体には気を付けて!そして招待してくれて
ありがとう。さて、また整理を再開しないと。愛機iBookのデータもゴチャゴチャだし・・・。
8月3日、早めに起床して朝の散歩でコペンを堪能。昼過ぎ、オットーの車で中央駅へ。オット
ーありがとう!そして快晴の中、午後1時の列車でハンブルクに向かった。
それにしても、今回のイリとオットーの作品によって長年眠っていた「Period」というピアノ
曲がやっと成仏(縁起でもねーか)できた気がする。この曲は単体で聞くものでもないし、映
像用でもないと思っていた。こういう形でこの曲が生きてくれて本当に良かった。「Period」
っていう曲のタイトルは「終了」ではなく「続く」という意味を込めて付けたタイトルなんだ
けど、自分自身もこのまま音楽を続けられるように精進したいと改めて思いました。一生忘れ
られない思い出が出来ました。ありがとうございました!!!!
8月2日、アパート滞在組はいつもより遅く起床(帰って来なかった人もいたけど)。この日の
昼はアパートでオットーと共に嫁さん特製パスタでのんびりランチ。かなり疲れぎみのオットー
は大喜びで快食。いつもはイリと話すことが多かったんだけど、この日はオットーと色んな話
ができた。その後オットーは遅めの出勤。我らは観光に繰り出した。と言ってもただ歩いただ
けだけど。偶然見つけたプラネタリウムのすぐ横に川があってそこでボーっとした。ここの川
はハンブルクの川に比べて透明度が高い。ハンブルクの運河は地味に汚い(笑)。なんかハン
ブルクももう少し綺麗な川だったらなぁ。そうこうしているうちにあっという間に夕方。一旦
アパートへ戻り着替えて会場へ。我らにとっても今日はコペンハーゲンでの見納め。公演のビ
デオを取ってもいい許可をもらい、いざ本番。実は昨日オットーは本調子ではなかったんだけ
ど、パスタが効いたのか(笑)、すごく良かった(これで自分の撮影の腕があれば・・・)。
本番終了後楽屋に行き、ALEXさんや皆に挨拶。皆は16日まで公演を続けるけど、なんだか名
残惜しい。スタッフの人たちにも「またおいで」って言われたし、また来られるように頑張ら
ないと!アパートに到着後、オットーたちはそのまま夜の街に消えていった。
8月1日、今回はコペンハーゲン2日目レポート第3弾!。休憩を挟んで上演されたのは、デンマ
ーク人の振付家LARS KAALUNDによる「ET DUKKEHJEM/DOLLHAOUSE」。音楽はヴァイオ
リン、チェロ、オーボエ、アコーディオンによる生演奏で、ドタバタ劇やタンゴを連想させる
スキのない音楽。振付はわかりやすいストーリー性と適役のダンサー選び。こういう演劇のよ
うなダンスは初めて見たけれど、本当に面白かったし、何より笑えた。
特にALEXANDRE BOURDAT、EDHEM JESENKOVICH、そしてぐっさん(RENNIE MIRRO)、
この3人の男性ダンサーの面白さは反則。観客の笑うツボを心得ている。実際、観客のウケが
かなり良かった。
30分、一切飽きる事なく見終わった後に再び休憩(本当に休憩が好きだなぁ)。
でも天井を空けたりこまめに休憩を入れるのは有りだと思った。お陰で全ての公演に集中でき
たし。
そして次の公演はお待ちかねのイリ&オットーによる「PRISONERS OF FEELINGS」。前にも
書いたように前日の公開リハまでどんな内容なのか自分も知らなかった。今日は2回目の観戦。
前のドタバタで賑やかなステージから一変、彫刻のような彼等の体が空間を支配する。そこへ
恥ずかしながら自分のピアノ曲(Period)が流れてくる。今回の構成はまず2分弱の映像と音
楽がプロジェクターで投射されその画面と重なるようにイリとオットーが登場、ピアノ曲をメ
インとして2人が踊り、一番最後には、ARVO PARTの静かな曲で幕を閉じる。一番感慨深かっ
たのはピアノ曲の途中に収録されている自分の両親の声。当然日本語なので会場のお客さんに
は意味が通じない。僕にとっては両親が僕の子供の頃の話しや、両親が子供だった頃の話しを
しているんだけど、何だかコペンハーゲンに来て改めて原点に帰った感じ。この曲は自分にと
って音楽を続けていくかどうか迷っていた時に演奏した曲で、録音場所もあえて地元の高校の
音楽室を選び、両親の声や実家近くにある湖にいる白鳥の鳴き声などもサンプリングして使用
した、自分にとってはとても意味のある曲。この大切な曲を選んでくれたイリとオットーには
本当に感謝しているし、この2人以外には踊らせたくない曲になってしまった。そして何より
この曲をもっと世に出すようにプッシュしてくれた嫁さんの力、そして両親や音楽室のピアノ
を使用する許可を出してくれた高校の先生のおかげで今回の公演にこぎつけました。本当に感
謝しています。
公演終了後、しばしの沈黙の後に訪れた盛大な拍手とその余韻は一生忘れる事ができません。
本当に音楽をやっていて良かった・・・。そんな事をぼんやりと思っている間に間髪入れず最
後の作品が。それは何とALEKSEI RATMANSKY振付の「ボレロ」。ボレロと言えば、僕らも
イリの振付で日本でやったけど、ここだけの話し、イリの方が凄かった。演出もかなり凝って
いたしステージの規模も違うという事もあるかもしれないけど。でも随所に「おっ、彼等の方
がいいかも」と思う箇所もあったりして、なかなか楽しめた。そして前日の公開リハには出て
いなかったパリオペラ座の某女性ダンサーが急遽出演した事でステージも振付けも変わった事
が大きかった。本当にただただ彼女は凄かった。ステージの光沢が違う。他のダンサーももち
ろん凄かったけど、彼女の存在ははるかにそれを越えていた。公演終了後の盛大な拍手がその
証明。全体的にも見ても個々の作品を見ても非常に質の高いフェスだった。全ての公演が終了
後、出演者、振付家、スタッフ全員による舞台挨拶。光栄な事に自分もイリと一緒に挨拶させ
てもらった。あー、でも本当に無事初演が終了して良かった良かった。本番終了後は関係者や
招待客を含めた打ち上げ。会場の上がそのままバーなので移動はなし。夜の海を望みながら久
々に酒を飲んだ。その後はオットーたちと共に、居候しているアパートへ。そう、ダンサーの
みんなは明日もあるからね。本当に初演お疲れ様でした!
そして明日は何もハプニングがない事を願います(笑)。
8月1日、コペンハーゲン2日目レポート第2弾です。会場へ向かい楽屋口に挨拶に行こうとす
ると何やら様子がおかしい。ずいぶん直前までリハをやっているようだし、オットーもただの
慌ただしさではなかった。この時ははっきり何かわからなくて取りあえず会場入り。しかし午
後8時開演のはずが8時になっても開場すらしない。これはどうも変だと思って確認したら、女
性ダンサーのひとりが蜂に刺されて病院に運ばれたという。嘘みたいな話しだけど、丁度に楽
屋挨拶に行く時出演者の人たちが入って来そうな蜂をずいぶん神経質に追い払っていたので、
変だなーとは思っていたんだけど、まさかダンサーが刺されるなんて・・・。ちなみにこの日
近くの海岸では発砲事件まであって(被害者は出なかったけど)、観客も結構困惑ぎみ。そう
いや、昨年のプレミアなんか野外ステージで で本番直前5秒前に雷雨だからなー。このフェス
はハプニングが多いのだろうか。
とりあえず待つ事、約30分。ステージからは「ボレロ」らしき曲が聞こえてくる。おそらくこ
の演目に出る人が刺されてしまい、どうやら他のダンサーが急遽振付を覚えているらしい。と
にかく遅れる事1時間。プレミア本番がスタート。今回のフェスの演目は5つ。
まず始めはいきなりイリとオットーによる「LES INDOMPTES」。
振付はCLAUDE BRAUMACHON、音楽はWIM MERTENS。とても短い作品だけどスピード感と
ソフトな動きのコントラストが素晴らしい。これはもともとイリとオットーのために振付られ
たのではないんだけど、2人がリンクした動きなんかは彼等特有の華麗なシンメトリーが色濃
く出ていた。選曲は昨日の公開リハの時点では個人的に少し違和感があっんたけど、今日はし
っくりきた。
次は今回出演のイギリス人ダンサーERICA TRIVETTが自ら振付けした、「TABLEHEADS」。
女性振付けの作品ってあまり見る機会はなかったんだけど、男性1人、女性2人のダンスは時に
豊かで時に物悲しい(変なコメントだ)。このステージでは緞帳の変わりに竹を使っていて、
隙間からこぼれる照明の光りがとても効果的にダンサーを照らしていた。凄く綺麗な作品だけ
ど個人的にはもう少し短くてもいいかなとも思いました。中間部分で一瞬間延びするんだけど
そこがなければ客の空気も冷めないまま終われたような気がします(個人的意見!)。
さて、この演目のあと天井が開いて1回目の休憩。イリたちの様子を見に楽屋へ。そこでいき
なり今回のディレクターのALEXANDERさんにつかまる。彼はデンマークのバレエ界では重鎮
的存在。何となく顔が若かりし頃のジョン・ノイマイヤー氏に似ている。彼は顔を見るなり、
「よし、今日の舞台挨拶の段取りを説明するから来い!」と言って楽屋の廊下まで通し、いき
なり説明開始。いやいや、イリたちからは今日は一緒に挨拶しようといわれれたけど、本当に
やるんですか?と言うと「いや、一緒に踊るんだ」とか「花束を持って10分踊れ」とか冗談ば
っかり。あとでイリに「これがデンマーク人」だと言われたけど、この冗談が面白いかどうか
は置いておいて、とにかく彼は冗談好き。
そうこうしている内にいきなり一番手前の楽屋のドアが開いて、驚愕。今回そもそもお忍びで
このイベントに遊びに来ていたパリオペラ座バレエ団の某女性ダンサーが舞台用のメイクをき
っちりして、片手に水をもってウロウロしている。偶然にも彼女の事は前から知っていたんだ
けど、「まさか、代わりに踊るの?」と聞くと無言のイエス。完全にバカンスの顔から本番の
顔。とにかく舞台挨拶の打ち合わせ最中も興奮が収まらない。こんな形で彼女の踊りを見られ
るとは!蜂に刺されてしまった人には本当に失礼だけど、なんか得した気分。打ち合わせ&休
憩時間終了後再び会場へ。早速嫁さんにもこの一件を報告するや、嫁さんもノックアウト。
「見たい!」という期待と、「彼女大丈夫かな」と心配を胸に次のプログラムへ。
・・・長い!長いなぁ、コペンハーゲン日記は!次回へ続きます・・・。
8月1日、コペンハーゲン2日目。この日は何故か朝早く起床。しかもすごい暑さ。丁度、オット
ーや他に滞在しているダンサーたちも起床。ひとりは昨夜の公開リハですっかり大ファンになっ
てしまったRENNIE MIRRO氏。彼は現在スゥエーデンで踊っていて(きっと)、歌手としても才
能を発揮しているらしい(何故かこの日より我らから通称ぐっさんと呼ばれてしまった。雰囲気
が似てる)。そしてもう一人は名前が不明なんだけど、イリとオットーがプログラムの一番最初
に踊っている、CLAUDE BRUMACHON氏振付作品をフランスから教えに来ているダンサーで、フ
ランスでもかなり有名らしい。で、ウチの嫁さんがいつの間にか朝一番で朝食の買い物に出かけ、
合流時間はそれぞれ違いながらも食事開始。皆喜んで食べていた。が!今日はプレミア当日。み
んなちょっと固い感じで、とっとと最終調整に出かけてしまった。我らはどうすることも出来な
いので、街を探索する事に。まずは中央駅まで出かけ、中心部から南の方へと進んでいった。コ
ペンハーゲンは小さな街なのでだいたい徒歩や自転車で見て回ることができる。その中で一番や
っかいだったのがお金のレート。ドイツへ渡ってからはユーロと円とで計算することがほとんど
なんだけど、ここデンマークではクローネ。んー、つまり物価がユーロよりもちょっと高めなん
です。で単位が違うから、とにかく迷う。例えばサンドイッチが25クローネ。ドイツではだいた
い3ユーロくらいで、日本では200円くらい(?)。値段を見ても5分は考えてしまう。で、結局
高そうだから買わない、という具合になってしまう。 そうこうしている内にいい時間。再び電車
に乗って一路会場のある海岸へ。とまぁこれから初演の事を書くぞ!という所なんですが、ちょ
っと長くなってしまうと思うので、この続きはまた明日にします。ごめんなさい!
とりあえず初演日前半部のレポートでした!!
2003年7月の日記
7月31日、正午。コペンハーゲンに無事到着。快晴。
かなり緯度が高いのにも関わらずかなり暑い。若干湿気もある感じ。コペンハーゲンは自分にと
っては2回目。そんなにいろんな国や街に出かけているわけではないけれど、コペンハーゲンは
お気に入りの場所。何よりみんな英語を話してくれるのが有難い。かなり年輩の方でも英語を話
してくれるんだから、これは楽。また観光地として整備されているせいか、みんな優しい。ドイ
ツ人と比べたら何倍もフレンドリー。話し方もソフトだし。
隣国なのにどうしてこうも国民性が違うんだろう?
さて、話しを戻して、事前の話しではイリが中央駅まで来てくれる事になっていたんだけど案の
定、いない。いつもテンパっている彼にはよくある事ですっかり慣れてしまった。とりあえず電
話をすると、今行くからあと30分だけ待ってくれと言われて、しばし中央駅周辺のセブンイレブ
ン(そう、コペンハーゲンにはコンビニがあるんです!)やインフォメーションセンターに地図
を取りに行ったりと時間を潰す事に。久々に飲んだコーヒー牛乳風味の飲物に感動。しかもきち
んと冷えている。で、とりあえず駅に戻ったんですが、よく考えたら駅のどこで待ち合わせをす
るのかを話すのを忘れ、右往左往しなきゃいけないのかと思った瞬間、偶然にも目の前にオット
ー登場。一瞬イリかと思ったけど、今回はオットーが泊まっているアパートに居候させてもらう
ためそのまま車で移動。それがそのアパートというのがとんでもない広さでして、最上階を全部
繋げてある作りでとんでもない部屋数。所有者の方はかなりのお金持ちらしいです。駅から歩い
て2分だし、夜には中央駅の前にある遊園地から上がる花火も見られる絶好の立地。まずは荷物
を置いてオットーと今日の日程をチェック。実は31日は公開リハーサルがあって、そこで最終
チェックを行うことになっていたんです。とりあえず会場や駅の位置などをチェックした後、オ
ットーたちは先に会場へ。我らは前日ほとんど寝ていなかったので少し仮眠。数時間後、海沿い
にある会場へ。本当に海が目の前!しばらく海岸沿いを散歩し改めて会場へ入ろうとすると偶然
イリが登場。そのまま公開リハに突入しました。かなりお客さんも入っていて雰囲気は本番その
もの。会場のキャパはだいたい500人くらいで天井が開閉するようになっていて、緞帳も竹で作
られているという風変わりな作り。 さて、今回のイリたちの作品はハンブルクで練られたあとバ
レエ団のロシアツアーの合間を縫ってパリで仕上げられたので、自分は全然見ていなかったんで
す。新たに追加した楽曲がどう使われているのかもよくわかっていない状態だったので、自分に
とってはまさに初演。始まる前は吐きそうなくらい緊張。そしてイリとオットーによるステージ
は一言で言えない程、美しい。 一番自分にとって大事な楽曲がこんな凄いダンサーに使ってもら
えるなんてその嬉しさは一言では言いあらわせない。初日から全身鳥肌が立ってしまった。
リハーサル後、再びオットーと共にアパートへ。途中コンビニに寄ったりするのが妙に楽しい。
オットーも親友なのはわかっているんだけど、ステージの時の雰囲気とのギャップが面白い。踊
っている姿は人間じゃない!とかいつも言ってるんだけど、普段は本当に面白くてきさく。スン
ゲーいい奴。てなことで、この日は明日の初演に備えてとっとと就寝となりました。
ま、このように(!)長々と書いてるんでイマイチ雰囲気が伝わりにくい!という事で映像を用
意致しました。日記と合わせて御覧いただけると幸いです。すいません、文才がないもので・・・。
ということで、まずは初日編レポートでした!
映像レポートその1<アパートからの風景編>
QuickTime (1.1MB)
映像レポートその2<会場編>
QuickTime (1.8MB)
7月31日、早朝4時。あわわわ。なんだかんだで時間は過ぎて、ほとんど徹夜のまま、あと3時
間後にはコペンハーゲンへ発ちます。
果たして、きちんと列車からの風景は見られるのだろうか。そして明日の初演はどうなるのか。
戻り次第報告します!それでは!
7月20日、やっとイリにコペンハーゲン用のCDを渡す。すぐハンブルクから出発らしい。本当
に忙しい人だ。急いでいるのか話すスピードも早い。今回は「Period」というピアノ曲の冒頭
に新たな部分を足して、約1分半ほどの延長バージョン。それにしても、もともとこの曲は98年
に生まれ故郷の高校の音楽室で収録したものなんですが、まさかデンマークで聞く事になるとは
思いもしてませんでした。何だか不思議な気持ちです。
7月17日、やっとイリから電話が来た。昨夜ハンブルクに戻ったばかりですぐにハンブルクを
離れるらしい。本当に忙しい人だ。で、19日にコペンハーゲンの最終打ち合わせ。そこでCD
も納品と。あとは7月末に現地集合という事です。あーいよいよだなー、コペンハーゲン。個
人的に凄く好きな街なので本当に楽しみです!
それはそうと、昨日久しぶりに東京で活動しているRiverの中村氏とチャットで会話。専門学
校の頃からの友達で一緒にバンドをやった事もあった。お互いの苦労時代(俺はいまも苦労し
てるけど)を知っているし、とにかく心の底から仲間と呼べる人です。本当は会って話したい
んだけど、時代は進歩したよね、などと年寄りくさい言葉を並べながら文字での会話を楽しん
だ。思ったけどチャットでボケたりツッコミするのって難しい。別にしなくてもいいんだろう
けど、まぁ電話のようにはいかないか。
こおた、今度会う時は東京だ!とにかく無理せず頑張ってくれ!!
7月15日、もう7月も半分!?早いって。
で、ここにきてようやくハンブルクも暑くなって参りました。遅い!
さて、実はいま引越準備真っ最中でして、毎日バタついてます。
今迄住んでいたエリアからそんなに遠くないんですが、こっちはエレベーターがついたマンシ
ョンなんてほとんどありませんから、少し膝が笑ってます。
しかし、コペンハーゲンでの公演があるのでイリに連絡を取っているんですが、いまどこにい
るのかわからない状態。確か、先週末までロシアにいたはずで、今は・・・どこだろう?
納品、間に合うのか?
7月5日、「Trip」初演後少々ふぬけになっております。
でもイリたちはそんな状態でも仕事してるんだよなー、頑張らないと。
次はもうすぐコペンだし。そう、来月はじめにデンマークのコペンハーゲンでイリとオットー
のデュオによる新作が初演されるんですが、その音楽も担当することになっています。
「Trip」では9人のダンサーが踊るという結構大掛かりなものでしたが、今回は2人のみ。これ
はこれでイリとオットーのおいしいところが出るので、とても楽しみです(初演なので、当然
立ち会って来ます)。
そして振付家としてのイリの成長も見逃せません。先日の初演でも確実に成長しているという
評価をもらっていたようですし、今後が楽しみです。そんな彼に少しでも作曲家として手助け
できればと思ってます。
ちなみに、新作で使用するのは僕の「Period」というピアノ曲です。このサイトのサウンド
コーナーでも聞く事が出来ます。これは(自分で言うのも変だけど)、自分が今迄作った曲
の中で一番好きな楽曲なんです。かなり前からお蔵入りしていたんですが、踊りか映像に使
ってもらえたら最高だなと思っていたら、イリがこの曲をすごく気に入ってくれて、今回め
でたくイリの作品と共に初演という事になりました(しかもキース・ジャレットの曲を使う
か、それともこの曲を使うか迷った挙げ句、自分の曲を取ってくれたという何だか光栄な曰
く付きです)。でも不思議な事です。一番この曲で踊って欲しかった人が踊ってくれるんだ
から、どんな曲でも外に出して聞いてもらうもんですね。
ということで、今月と来月は踊りとの仕事にどっぷりつかります。
それでは、また!
7月1日、ドンペリ無事終了です。
今回は、残念ながら大賞(っていう名前の賞かは?ですが・・・)は逃しました。ですがか
なりの応募数から7組の最終ノミネートということで入賞は果たしたとの事(ドイツ語での
解説だったのでいイマイチ把握できてない)。
イリの公演は8組出場の中で一番最初。朝からリハに合流し、ドッタバッタの一日でした。
本番はずっと祈るような気持ちで観戦。まぁ残念な事は残念でしたが、ステージ終了直後イ
リに引っ張られて、しかも彼と並んでカーテンコールに立たせてもらった事が一番嬉しかっ
た・・・。 これはどんな大きな賞をいただくよりも、大切な瞬間でした。イリとの友情は自
分にとって何よりの勲章です。 やっと、ようやく、ここでのスタートラインに立った気がし
ます。 イリ、そして支えてくれたみなさん、本当にありがとう。
そして嬉しい事がもうひとつ。服部有吉君が見事観客賞(たぶんそういう名前の賞)を受賞
した事です!今回はお客さんからの投票形式でも審査が行われたんですがっ、いやー、マジ
ですごかった!!ソロ作品なんですが、終了後涙してしまいました。本当におめでとう!!
それにしても、上演された全ての作品、本当にレベルが高かったです。またひとつ良い勉強
になりました。改めて今回の公演にあたり支えてくださった家族、友人そして全ての方々へ
この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました!
2003年6月の日記
6月吉日、今日で6月も終わり。早すぎ。
先日、ようやくRADIOHEADの新作「Hail to the Thief」を手に入れる(遅)。
個人的に「OK COMPUTER」を聞いた時の衝撃ほどテンションは上がらなかったとはいえ、
今回も傑作です。巷ではコンピレーションものがもてはやされておりますが、個人的に
「アルバム」という形態に魅力を感じている自分にとってはひさしぶりの「買い」でした。
明日は国立劇場で本番です。自分が舞台に出て踊るわけでもないのに、落着かない。
今日は何も手につかねーな、こりゃ。
6月吉日、昨日突然日本から仕事が入り、締きりが今日と言われ(笑)、何とか音をネットで送
り、今は連絡待ちで、少ーし休めそうです。それにしてもこの仕事はいつ始まるのかいつ終わる
かわからない。絶対体に良くない。で、たまには刺激の強いものでも食おうと久々に近くのトル
コ料理店に行き、チキンカレーのランチを食べました。ドイツにはトルコ人の店がすごく多く、
ここのカレーははじめてでしたが(いつもはよくケバブを食べるんだけど)、それが安くて量が
多くて旨ーい!正直ドイツ料理よりはこちらの方が個人的には好きです。
で、全然関係ないんですけど、知人より日本のTV番組のビデオテープ譲り受けたんですが、その
中に「ガキの使い」のハイテンション・ベストテンが収録されてました。久しぶり!とテンション
も上がりぎみ。最近ずっとテンションが下降ぎみだったので勢いを付けようと、TVにかぶりつい
たんですが、1位として最後に登場したY崎H正氏を見てかえってテンションが下降。むしろ下降。
・・・仕事に戻ります。
6月吉日、そういえば知人から聞いたんですけど、本日22日は100万人のキャンドルナイト
というのがあるみたいですね。 いまドイツは夜の10時くらいまで明るいんですが、我が家
では普段からキャンドルを多用しています。基本的にドイツの家庭の照明は暗いんです。
日本人からしたら本当に暗い。はじめの頃は目が悪くなると思って嫌だったんですけど、い
まではすっかりキャンドルの明かりが好きになりました。何より落着くし、何かと慌ただし
い世の中、静かな時間と空間で立ち止まってみるのはとても大事なことだと思います。
そして何より自分の体が電磁波でビリビリいっているのがわかります(いやホントに)。い
かに電気に頼った生活を送っていたのかと、とても複雑な気持ちになります。
時差がありますが、今夜は家もキャンドルにします!
6月吉日、イリに7月1日用の最後のマスターCDを直接手渡した。いつものように白い
ジャケットとCD盤面にトラック内容をプリントし、包装する。どうせすぐに開封され
るけど、最後に袋を閉じる瞬間は祈るような気持ちになる。だから面倒でもいつも最
後には包装している。
CDを渡した時はイリも俺もほとんど言葉は交わさなかった。先週のパリはどうだった
とか、たいぶ日焼けしたんじゃないかとか、何気ない日常の話しばかり。
今さらヤボな話しはなし。後はやるだけ。
初演に向けてほとんどの準備は整いました。
とにかく今は無事に公演が終わる事だけを願うばかりです。
6月吉日、で、食べましたよ。「どらやき」。M&I夫妻のおかげで売れきれる前に我らの分も
確保していただきました。ありがとう!!!
我らがハンブルク市内の某ホテルの三越売り場に到着した時には既に売り切れ。その売り場
には日本人の店員がたくさんいて、レジで「14ユーロになります」とか言われると凄く不思
議な気分。ついでに「いらっしゃいませ」と言われると困惑して「こ、こんにちは」とか言
ってしまった。この1年ちょっと普段店に入ると「ハロー」と言っていたせいでしょうか。
翌日、興奮を胸にどらやきと緑茶をいただく。北海道産(三笠)のあんこが口の中で溶けて
いく。そして、緑茶をズズーっと吸い込む昼下がり。
ハァァ〜、幸せ。うんまいですねぇぇぇー。って
ジジイか俺は。
追伸:それにしてもユーロは上がりすぎ。誰か止めて!
6月吉日、7月のイリの国立劇場での公演で映像(イリが自ら編集した力作)も使用する
んだけど、PCに問題があるのか、元々俺が焼いたCDに問題があったのか、エラーが出る
事が判明(音と映像が一瞬止まってしまうんです)。話し合いの結果、DVDとCDとを分
けて再生する事に。で、ついでに劇場のスピーカーの位置や数を確認。数日後に連絡が来
るので、それでようやく最終マスタリング完全版に突入できそう。それにしても怪我が治
ったからといってイリさん、走り過ぎです。家のベルが鳴ったんで降りていこうと思って
いたら、すんごい一段飛びで上がってきた。 ダンサーは階段昇るのも綺麗ですね。
追伸:今月13日、ハンブルクに三越がやってくるらしい。で、「どらやき」も販売するらしい。 絶対食う。
6月吉日、イリがようやく長い怪我から復帰。以前チケットを取っておいた公演
が偶然イリのステージ復活日。何か得した気分です。
今回は2階席の前方から観戦で、客席に座ったら丁度セットの間からダンサーの
姿が見えていた。こっちを向いてずいぶん手を振っている人がいると思ったら、
イリとオットー。ステージ上が暗くてよく見えなかったんだけど、まるで子供の
ようにジャンプしながら手を振っている。同い年ながら、かわいいと思ってしま
いました(笑)。ドンペリの予選通過の報告以来、直接会って話ししてなかった
ので、会えて良かった!
肝心のステージの方はというと、個人的には「んー?」という感じで、かなりエ
ンタティメント要素が強すぎて、楽しめたんだけど、個人的には「ニジンスキー」
の方が好きです(もちろんダンサー達は凄かった!僕が言いたいのはステージの
構成がちょっと好みではなかったという意味)。オーケストラの演奏は今迄聞いた
中で一番うまかったんだけど・・・、
楽曲の方がちと古く感じてしまって(80年代にロシアの作曲家によって書かれた
ものみたいです)、系統的にはシェーベルクやウェーベルン、時よりストラヴィン
スキー、はたまたブーレーズ的という聞こえ方で、友人のドイツ人は「全然踊り
に合ってないし、うるさい!」と怒っていました。確かに12音技法的な作品という
は限界があるし、個人的な意見ではあれらの技法は結局、ハーモニーの束縛からは
逸脱できなかった気がします。でも、不協和音を聞いて不安になる我々の耳と刷り
込みにも問題があると思います。ちょっと聞き方を変えるだけで、今迄変だと思っ
ていた音が違和感なく入ってきたり、今迄慣れ親しんでいた音に疑問を抱いたりす
るわけですが、作曲家はそういった音の現象や現在の傾向、聴衆のニーズをふまえ
ながら、自分でも納得できる音楽を作っていく事も必要ではないかと・・・、って
話しが固すぎます!とにかく、難しいんですよね、舞台に合う音楽を作るっていう
のは。まずは、イリが復活という事でメデタイ! !!というお話でした!!
6月吉日、先程イリからドンペリのコンペの予選通過の報告を受けました!
最終的に7月初めにハンブルク国立劇場で公演され、最終選考となるわけで
すが、まずは吉報!やはり、イリはやる男です。先日会った時もいいオーラ
を出していたし、本当に嬉しい限りです!!
今年の夏はなんだかいい感じですごせそうです。
いや、もう、6月なんですね。今年もあと半分ですよ、早いですね〜。
ハンブルクはここ数日快晴で、気温もかなり高め。こんな日は外でビール!とい
きたいところですが、新作の制作日程がおしているのでそうもいきません。
いまはまだ詳しい事は書けないのですが、ちょっと今迄と違う音楽活動をしよう
と準備中なのです。ここハンブルクでのライブも、もしかしたら一気に増える、
かもしれません。 これについては追って報告したいと思います。
とりあえず、近況報告でした!
2003年5月の日記
5月吉日、先日ジョン・ケージとマースカニングハムのドキュメントフィルム
を見ました。嫁さんの知り合いの旦那様が取材・撮影し、ドイツの放送局でOA
されたもので、撮影した方の奥様(つまり嫁さんの知人)から直接お借りしたの
です。その御夫妻は当時交流もあり、ケージ氏はとてもきさくで皆の良きお兄さ
んだったと聞きました。公演の際は自ら車を運転し、ダンサーを乗せて、いつも
笑顔を絶やさない。実際そのドキュメント・フィルムを見てみると、今迄知らな
かったケージの姿がそこにありました。当時から決して裕福ではなかったのだろ
うけど、彼の笑顔と澄んだ瞳を見ていると、これまで自分の頭の中で想像してい
たケージ像は一気に消えていきました。
こんなに明るくてオープンな人だったとは・・・。
ケージは何も頭でっかちにあのような音楽をやっていたわけではなく、そのほと
んどが現場で積み上げられたものだった印象を受けました。よく彼の音楽は偶然
性とか何とか言われていますが、あの現場で出来る最善の事をしているという点
ではあのような音楽が必然的に生まれる環境だったのだと思います。
自分もあれだけ笑いながら生きて、そして音楽をやっていける人間になりたいと
思いました。
本当に良いものを見せていただきました。
うちの嫁さんと制作者の奥様に感謝致します。ありがとうございます。
5月吉日、ライブは無事終了しました。
やはり「ランゲンナハト」、一筋縄ではいきません。
入場者数は前回(冬)をかーるく越えていました。とにかく人が多すぎ!
(絶対8000人はいたと思う)
会場外ではJAZZやHIPHOPのライブ、同じ会場内では太鼓やゴング。
全然集中できずに前半のライブは自分でもあまり納得のいかないものに。
自分の音すらきちんと聞けていなかった。
で、その反省もあって2回目は自分でも納得のいく演奏に。お客さんは
流動的であるにもかかわらず、反応はあったし、CDも売れた。
でもこのランゲンナハトは美術館のイベントというより、お祭りだね。音楽
を聞きに来るとか、美術作品を観賞するというより、家族や仲の良い人たち
とワイワイ楽しみながら美術館巡りをしていく感じですね。そりゃ俺も客だ
ったらそうだよなぁ。 ま、でも何事もなく無事終わったので良かった。
で、打ち上げは親しい人たちと共にビールを飲みに行きました。それが、いか
にもドイツ!っていうバーでそこで醸造した地ビールを飲めるという、はじめ
てドイツらしい体験をしました。そしてうますぎ!!!!!!!!!!!!!
やっぱり、ドイツに来て地ビール飲まないのは嘘だわ、皆さん。
5月吉日、あと1週間でダイヒトアハーレンでのライブ。ランゲンナハトという
イベントで、その日は深夜までハンブルグ中の美術館やギャラリーが開いていて、
各々いろんな催しをするというもの。年に2回やっているようです。
すっかりダイヒトアハーレンがライブのホームになっている感もあります。
本当にありがたい事です。
今回も前回のランゲンナハトのように2時間耐久ライブと思いきや!30分1セット
を2回という淡白なものになってます。
果たして演奏はどうなるのか、そしていつも手売りのCDはどれだけ売れるのか!?
冗談ぽく書いてますが、これでも立派なメシの種のひとつですので。
ちなみに「ランゲンナハト」の「ランゲン」は日本語で「長い」(だよね!?) 、
「ナハト」は「夜」です(合ってるよね!?)。
だから「おやすみなさい」は「グーテン・ナハト」です。
これから寝ます。
5月吉日、たいして大きなニュースにはなっていないけど、ブリガリアのTV番組で日本人
をモデルにしたキャラが問題になっているらしい。黒髪のヅラに分厚い黒ぶちメガネにデ
ッ歯。どうも現地の人が仮装して変なインタビューで相手を困らせるっていう内容らしい。
で、今回はブルガリアの日本大使館が猛抗議しているようで、下手をすれば外交問題にま
で発展するような書き方だった。ブルガリアにはまだ行ったことないけど、ドイツにはまだ
まだ人種差別や偏見がいっぱいで、自分もそういう嫌な思いをしたことも何度もあった。
まぁ、日本もいくら外国に投資や無償援助をしていても、別に感謝もされていない事もある
だろうし、外国に感謝もされない援助をしてる金があったら他に使いようがあるだろう、、
って話がそれてしまいました。
最初の話に戻しますが、今回思ったのは(そのブルガリアの人が仮装した写真を見て)、
そういう差別的な視点でこのキャラを作ったのか、それともブルガリアにこれにそっくりな
日本人がいてそれを模倣したのかっていうのが、まず気になったことです。例えばハンブル
グ、日本人は結構住んでいますが、実際に多くのドイツ人と関わる日本人っていうのは一部
なわけで、ドイツ人の誰かが、日本人の国民性以前にひとりの人間としてそのキャラクター
が強烈な人に出会えば、「あ、日本人はこうなんだ」と思わせてしまう事だったあるわけで
す。自分もそうです。ドイツ人に対する印象は会う人で決まります。本などで読んでいた国民
性と全く逆のドイツ人もいれば、そのまんまという人だっています。というわけで、ブルガリ
アにかつてそういう日本人がいた(または現存)という可能性はゼロではないかもしれません。
しかし、もしもこれが差別的視点でこのキャラを作っているとすれば更に問題です。欧米人や
欧州では(特に白人の人)自分たちが差別される事には敏感なわりにアジア人への差別は平気
でしている風潮があります。TVでも目が細くて眼鏡をかけて髪は七三、スーツを着ている、
これは絶対日本人の事だろうという映像を見かけます。でも、日本人の場合はこちらの人たち
のように激怒したり猛烈に抗議したりしなかったので、そんなにも問題にはなっていませんで
した (日本人が忍者だのサムライだのは日常茶飯事なのでこれはどーでもいいけど)。
で、今回は大使館側がブルガリアのTV局に抗議したっていう事で自分の中ですごく気になるニ
ュースです。ただでさえ世間はどこもイラついていて、グローバル化でナショナリズムが飽和
状態もしくはボヤけていく時代の中で、何でも穏便に済ましてきた日本の外交がどう変化して
いくのか、そして個々の欧州国からEUへと変容している現在のヨーロッパの意識がどう変わっ
ていくのか。そんな事を何となくボンヤリと考えてしまったニュースでした。
ま、この地球は民族間の差別や偏見、誤解をまだまだ満載していますね。
2003年4月の日記
4月吉日、今日はイリのリハに同行。いくつかのパートを見せてもらった。
かなり、ハードなもので見ている方も息切れしてしまった。
あまり色々詳しい事は書けないけれど、7月の本番が楽しみです。
いくつか音楽を手直しする所もあって、既に作業は終わったんだけど、心配なのが
本番当日の会場での音の鳴り方。国立劇場のスピーカーだからかなり大きなものな
んだけど、低音の残響の仕方が少し気になる。それでも、今のところは推測でマス
タリングするしかないんだけど・・・。
なんだかレコーディングスタジオが恋しい今日この頃です。
4月吉日、作業の合間をぬって久々のハンブルグバレエ観戦。
今回は以前から見たかった「Matthew Passion」。音楽はJ. S. Bach。
曲目は「マタイ受難曲」を全編に使用していて、公演時間は約4時間にも及ぶというもの。
それに芸術監督・振付家のジョン・ノイマイヤー氏自らも踊るという事もあって絶対に見
たいと思っていた。
ノイマイヤー氏はジーザスとしてほぼ全編に渡って出演。ダンサーはおそらく40名はいて、
舞台美術はいたってシンプル。数個ある黒の長イスが時には牢屋に時には十字架に組み換え
られながらマタイの世界観が繰り広げられていく。
いつも思うんだけど、あれだけの人数の振付けを監修し、あれだけの長さの公演を構成して
いるノイマイヤー氏の才能とそれらを体現していくダンサーの能力と魂にはいつも恐れ入る。
音楽自体、宗教の要素が全面に出ているので、日本人の僕としては入り込めない部分もあった
にせよ(ヨーロッパの人たちはどう感じたんだろう)、ノイマイヤー氏の圧倒的な存在感とダ
ンサーたちの洗練された動きはそれを遥かに超越していた。
個人的にはピーターが良かったなぁ。いつもはやんちゃな彼だけど、年々凄くなっている。
とにかく、見て良かった。あんなにカーテンコールが何度もあったのは初めてというくらい、
終演後の会場は大盛り上がり。かなり重たい内容だったけど、ノイマイヤー氏とダンサー達の
満面の笑みを見て救われました。
それにしても生ジョン・ノイマイヤー氏の踊りは凄すぎでした。一生の思い出です。
4月吉日、ここ数日は篭っては湖へ行き、篭ってはまた・・・という繰返しの
日々を送っています。
そういえば、最近久しぶりにCDを購入。誰のCDかというと、Sigur Ros。
思えばなんでもかんでも聞きまくっていた数年間の反動で、ここんとこはすっかり
CDをわざわざ買いに行ってまで聞くのがおっくうになっていた。
Sigur RosはBjorkと同じアイスランド出身ということで、かなり前から興味があっ
たんだけど、昨年ベルリンの友人宅で聞いて以来だった。正直、21世紀になったと
たん、クラブだのアングラだのという言葉にもシーンにも何だか飽き飽きしていた。
なんか、もう自分がプロとして活動しはじめた90年半ばから既にそれはステロタイ
プになっていたし、仕事でそういう音楽を嫌という程作ったりしていたので、そうい
うのとは別のベクトルでやっていく方法を模索していた。ただ、そういう場所でも常
に発見はあるもので、問題は聞き方、もしくは耳の使い方で色んな発見がある。だか
ら、飽き飽きしたっていうのは、そういうクラブにでもいけば何かあるんじゃないか
とか、盲目的に信じ込んじゃって実は何も聞いていない人たちと距離を置きたかった
というのが本心かもしれない。で、話しはそれちゃったけど、Sigur Rosは現時点で
はまっています。確かに彼等の音楽や音色は西洋音楽の範疇のそれだけど、あそこま
で極端にゆっくりと音色や声を繋いでいくと、和音の機能も終止形も気にならない。
空虚に鳴り響く4つ打や単調なビートに抑圧されるよりも、しっくりくる。
そういえば、彼等の音楽を聞いているとピンク・フロイドにはまっていた子供の頃を
思い出します。ホッとすると言うとベタな表現だけど、音楽にはそういう役割もあっ
た事を改めて認識しました。 確かに音楽なんかじゃ人間を救えないかもしれない。
でも、うまいメシを食うと生き返った気持ちになるように、音楽もそのきっかけには
なるんじゃないかとは思う。
なんかこう、ただボタン押していればハイ、音楽の出来上がり、みたいな時代は長続
きしないでしょう、きっと。 そして、人間の中身は音楽に出る。
だから俺もまだまだ修行が足らねぇ。頑張ろうっと。
4月吉日、唐突なんですが、EUって大丈夫なんでしょうか?
いや別に自分はEU圏国籍を持っているわけでもないし、別に政治・経済問題に
詳しいわけじゃないので、言う資格もたいした害も筋合いもないんですが。
例えばドイツやフランスも結構経済状態はまずいみたいですし(身近でも就職
難の話題などはよく聞きますが)、
このままひたすらEUは通貨を同じにして巨大化していけばOKなんでしょうか。
その先にはどんな未来があるのか、学がないんで自分にはさっぱりわかりませんが。
人でも国でも「違い」がある事で成り立っていたものがあったように思うんですが。
個人的な見解ですが、なんか、表面的な感じがするんですよね・・・。
4月8日、おかげさまで、渡独1周年を迎えることが出来ました。お世話になった方々には
感謝しても感謝しきれません。本当にありがとうございます!!2年目も更に頑張ります!
さて、この前桜が咲いたなんて日記に書きましたが、昨日、今日と雪がちらついてます。
まるで山の天気。やっと分厚いコートからおさらばだなんて思ってたら・・・。
ところで、久々に曲を作っている夢を見ました。それはなんと歌モノできちんとメロディも
コードもリズムまである。しかもAメロからサビまでありました。中でもAメロは絶品だった
(はず)なのに、一番良かった箇所が思い出せない!後半は覚えているから何とか推測して
いくしかなさそうです・・・。よく音楽を始めたばかりの頃(当時15歳前後)はしょっちゅ
うこういう夢を見ていて、アレンジまで含んだ「塊」で音が鳴っていた。20歳をこえたあた
りから急に見なくなったのですが、イヤ、本当に久しぶりです。
それにしても、何故浮かんだのが歌モノなんだ?
P.S.
以前、ホワイトハウスへ送ったメールに対して返信が来ました。書いているのはもちろん大統領
本人ではなく、担当の人で、絶対自動返信。
それにしても、本来のアメリカの大義名分はどこに!?っていう状況ですね。
なんか、世界は曲ってます。
4月吉日、いつの間にかヨーロッパは冬時間から夏時間になりました。
もう、4月なんですね・・・。
日本との時差は8時間から7時間に変わりました。
ここ何日かは少し日が長く感じられます。気温はまだまだ変わりやすいです。
最近、住んでいるアパートの横で桜が咲きました。なんだか変な感じです。
桜があるだけで日本にいるような錯覚にとらわれます。
それにしても、ドイツに来てからもう少しで1年になります。ホントに早い!!
色々大変でしたが、最終的にはこちらに来て良かったと心から思います。
4月に入って作りたい音楽、作らなくてはいけない音楽がたくさん増えました。
これから、長い作業に入ります。
2003年3月の日記
3月27日、ある方からメールが転送されてきました。
冒頭、「日本のニュースでは、 昨日のアメリカ軍のトルコからの攻撃で たくさんの
クルド人が死んでしまったこと、 伝えられていますか? 」という言葉で始まっていた。
取材をしたのは秋貞さなえさん。 このメールもヨルダン、アンマンから送信・転送されていた。
秋貞さんのこれまでのレポートは、青山貞一さんのHP
http://www.eforum.jp/shihou/iken-moushiire1.html
から読めます。
すでに数百人が亡くなっているそうです。
現地の取材によると多くのイラク人がフセイン政権の終焉を望んでおり、フセインの独裁は
多くの人々を苦しませ続けてきたのだという事実を、我々日本人も知らなくてはならない事
への重要性が書かれていました。
しかし、そのことと今回のアメリカの武力行使の正当性には何の関係もない。彼女が現場か
ら肌で感じた多くの言葉が綴られていました。
今回は日記らしくありませんが、できるだけ多くの方にこの事を知っていただきたく、掲載
しました。
なんだかニュースを見ていると、湾岸戦争の時のようにTVゲーム化して見えてくる恐ろしさ、
虚しさ、無力感を感じます。今世紀もまた、戦争ばかりする世紀になるんでしょうか。
3月22日、また大規模な攻撃が行われたようですね。ここ数日ネットで
見るニュースの更新が異常に早い。しかし、本当に早期に終わるんでしょうか。
こっちが聞きたいのは上辺だけの開始、終了だけじゃなくて、この恨み恨まれてみ
たいな歴史がいつ終わるんだ?という事なんですけどね。
さて、先日イリと打ち合わせをして、楽曲の最終確認をしました。俺はいつも納得
いかなくて、あーだこーだ考えているんだけど、逆にイリから「大丈夫」と納得さ
せられてしまった。来週末にはスタジオに行って振付けのリハを見る予定。
そこで改めて、楽曲の修正箇所をチェックしてきます。
3月20日、結局不条理な戦争が始まってしまいましたね。
イラク側も頑固です。
イラク軍が学校などの施設に兵力を置くのは全く理解できない。
もう、アメリカ製品は食わないし、(今迄も食ってないけど)
飲まない。ハリウッド映画も見たくない。
日常生活の中で出来る行動と選択をしたいと思います。
3月18日、とうとうアメリカの最後の通告が・・・。
結局始まってしまうんでしょうか。
確かに今迄のフセインのやり方も疑問だけど、アメリカの無理矢理とも言える武力行使
でどれ程の被害がイラク国民に及ぶのか想像も尽きません。
最終的に戦争で一番被害を受けるは一般市民です。
3月某日、アメリカはどうしても戦争はしたいみたいですね。
先日送った署名メールに関して、様々なメールをいただきました。有り難うございます。
本当に賛否両論でした(僕自身も半分半分です)。
確かに、あのやり方はよく考えればスパムメールだと思います。最初に受取った時から
これはどう計算しても、ホワイトハウスのサーバーがパンクすることになる。そうなって
は何もならないと思いました。
しかし、今回はサーバーをパンクさせる位のアクションがあっても良いのではないかとい
う気持ちと、自分の名前を出した上で自分の意志を表示する重要さへの気持ちが勝ってし
まいました。
仮にこれらの行為が全く無意味であっても、今回の事態について真剣に考えるよい機会で
あったと思っています。
昨夜、無駄なことだとは思いましたが、アメリカ大統領宛のアドレスにメールを出しまし
た。直接読むとは到底思えませんが、戦争では絶対に一般市民に被害が及ぶ事、兵士にも
家族がいる事、戦争は何も生み出さない事、戦争という手段で解決はしないという事、平
和的解決に向かってほしいことを、ない頭を絞って英文で送信しました。
もう、アメリカとしては攻撃突入しか眼中にないと思いますが、何十万人もの人が武器を
持って殺し合いをするのを我々はだまってTVで見ているしかないのでしょうか。
自分が住んでいるエリアを歩くと、ドイツ人はもちろん様々な国籍の人たちが歩いていま
す。自分が個人的に知っている人だけを見ても本当に国も言語も様々です。ヨーロッパの
人、同じアジア出身の人、アメリカ出身の人、よく行くファーストフードの店にはアラブ
系の顔見知りもいる。今日はとても良い天気でたくさんの人達が散歩をしている。天気が
いい日はみんな笑顔で愛想もいい。日本じゃ知らない人に通りすがりに「こんにちは」な
んて言わないけど、いまじゃ自分も自然に挨拶してるし、相手もしてくれる。言葉がつた
なくても理解できるまで聞いてくれる。それに対してきちんと感謝の気持ちをあらわす。
こうした日々の何気ない街の様子を見ていると、人間が武器を持って殺し合いをする光景
なんて想像もつかない。空から爆弾が打ち込まれて逃げまどう市民の姿なんて浮かんでこ
ない。もしもイラクへの攻撃が始まったら、この街を歩く人たちの表情はどうなるんだろ
う。天気が良くてもお互い笑って挨拶できるのだろうか。
もう、何もできないままただ祈るしかないんだろうか。
3月某日、アメリカもかなりせっぱつまった状況のようですね。
こうなったらアメリカ単独でもイラクへ攻撃をする勢いです。
理由はどうであれ、戦争には絶対に答えではないです。
ワシントンでは賛成派と反対派が衝突する場面もあったようですが、
個人的には賛成派の気がしれません。
先程、フランス人の友人より反戦への署名メールが回ってきました。
自分も数十名の友人や諸先輩方、仕事仲間へ転送しました。
たとえ、仮にどうにもならなかったとしても、自分にも出来る事で最善
を尽くしたくてこのメールに賛同しました。
3月吉日、弦楽も終わりとっととスコアを発送したら、スッキリしました。
でも、すぐに別な曲の作業に入らなくてはいけない・・・。
いま12人程度の室内楽とエレクトロニクス中心の楽曲という全く違うベクトル
を持つ2作品の構想を練っているんだけど、最近何故か小学生の頃にやった器楽
の思い出が頭を巡っています。確か5年生の時だと思ったんだけど、曲は「マイ
アミ・ビーチ・ルンバ」と「ルビーの首飾り」(であってるっけ?、あの手品の
時に流れるやつね)。学芸会の時に両親がこっそり録音していていた事もあって、
今でもはっきり覚えている。アレンジもかなり凝っていた。当時担任だった米山
先生がきっと編曲したんだろうけど、子供にしてはマセたオブリガードが鉄琴で
入ったり、パーカッションのグループがかなり熱いリズムだったり、当時父兄の
皆さんや先生たちが絶賛していたのも頷けるというアンサンブルでした(笑)。
当時俺は音楽の事は全然わからなかったし、譜面の読み方も母親に習って何とか
読解してかなり苦労したんだけど、リコーダーや鍵盤ハーモニカの演奏が楽しく
て、何よりアンサンブルが楽しかった。いま思えば熱心に教えてくれた米山先生
の影響で、自分の中の「音楽」という核が形成されたのかもしれない。
最近忘れていた音を出す(もしくは声を出す)って事そのものへの興味、これが
自分の中の音楽の原点だろうと思いますね、やっぱり。よく幼稚園に行っていた
ころ(たぶん)、父親が自作したガットギターを訳もわからず弾いていた。弾い
ていたというより、ただ低音弦を「ボーン、・・・ボーン」と音を出してその余
韻を聞いて、その音が消えるか消えないかくらいにまた「ボーン」とやっていた
事を考えると、今もその演奏の基本姿勢は変わってないなーと思ってしまう。
今回の一見方向性の違う2つの作品では、これらの原体験とその感触を音に出そう
と思っております(形態が違っても作る根っこでは同じだし)。
さぁ、その為にはまず湖への散歩からはじめなきゃ!(作業しろ)
3月吉日、結局小泉首相はアメリカに付いて行くのか・・・?。
日本国内のムードは肌で感じていないのでわかりませんが、自分はドイツで反対の意志をしっかり
提示していきます。
さて話しは変わって、最近嫁さんがドイツ語の学校に通っています。一ヶ月集中講議なのでかなり
大変ですが、言語を覚えるのは得意な人なので、きっとそのうちペラペラと話し出すと思います。
で、自分も負けじ(?)と英語の再訓練(これは自己流プラス嫁さん流)を始めました。日常会話
は別に問題ないし、相手の言っていることも問題なく理解できるんですが、いかんせん自分自身の
のボキャブラ不足にストレスを持ってまして、もっと自分の好きな分野の話しや、社会情勢の話題
などを話したくてウズウスしているんです。というわけでこの一ヶ月の間に最低1000語は単語を
増やす予定です。最低限の文法ルールをおさえたら、あとは単語ですから。
発音も当然重要ですが、それプラス英語のリズムを掴む事。そもそも日本語のように母音を主とし
た言語は世界でもめずらしく、ほとんどが子音の言語。だから基本的に日本人は英語のような子音
言語の発音は苦手です。でもまずはその子音言語がもつ独特のリズムに慣れないと聞き取れません
から。聞き取れないってことは会話できないってことですし。でも個人的には音声サンプリングは
得意、というか好きなので一度音声を聞けば半永久的に忘れないし、この音声から言語を覚えてい
くっていう作業は大歓迎です(どうして日本の中学、高校はそこを重要視しないんですかね)。
でも、ただ人と話すっていうのが難しい。ほら、日本語で世間話するのも結構大変でしょう?英語
を話すんでも仕事であれば言いたいこともはっきりしてくるからいいんですけどね。だから日頃か
らネットで色々ニュースを見たり情報を摂取して、自分はいまどんな事に興味があってどんな事を
考えているかを、英語で思考する努力を再開しました。この作業は自分の頭の中を解析しているみ
たいで面白い。言いたいことが言えないストレスを抱えるよりも、言いたい事が言える快感の方が
いいに決まってますからね。
この3月は仕事と語学の2つで一気に過ぎてしまいそうです。
3月吉日、・・・結局戦争は始まるんですかね。ドイツ国内は呆れムードです。
なんだかんだ言いながら石油が欲しいんでしょ、ブッシュさんは。
こんだけ世界規模で反対運動があるのに、それでもやろうっていうんだから、
何て言っていいかわからないほど虚しい。これじゃアメリカ帝国って言われても
仕方ない。
イギリスもくせ者ですね。まぁ、アメリカの本家だからからね。
それにしても、人類って本当に進歩してるんでしょうか。
短気決戦なんていってるけど、絶対にそんなわけはない。たとえ戦争自体が早く
片付いたって、その後遺症は50年、いや最低1世紀は続くだろう。
日本は一体どうするんでしょう。結局アメリカに付いて行くんだろうけど。
あーあ。戦争なんかじゃ何も解決しないのにね、全く!!
3月吉日、曲の方はかなり突破口が見えて来た。このまま一気に仕上げてしまおう。
音楽とは生ものですから。
先日友人夫妻よりマンガ「ワンピース」の26巻と27巻を送っていただきました。煮詰まっている
時に読んだら、何だか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。この作者の尾田氏はたぶん同い年
だと思うんですけど、いやー面白い!時には爆笑、時には号泣。人気があるのも頷けます。
いい歳してマンガだのアニメだの読んだり見たりしてますが、芸術だアートだなどと謳歌するより
ずいぶん健康的な表現手段じゃないかと思います。大人が作り出したものを子供が見る、それこそ
尾田氏の言う「心意気」が伝わる。本当に素晴らしい仕事だと思います。
最近思うんですが、芸術至上主義ってやつはホントに視野の狭いもんで、人間性を無視している人
間にはろくなのがいないんじゃないかと。そんな個性やエゴなんて見たくねーやと。
自分もかつてはそんな節もあったし、考える事は多々あります。
自分もそうならないように努力しないと!
ということで、ワンピースを送ってくれたY田夫妻、どうもありがとう!!!!
3月吉日、結局すべてを書き直し、新しい曲にしてしまうことに決めた。もともと四重奏だったのだが、
そのままでは九つのストリングスでやってもあまり効果的ではないと思ったのが一番の理由。
ところが久々に煮詰まっている。普段はボーンと音が塊で浮かんで、そのディティールを書き付けてい
くやり方なんだけど、今回は奏法やら微分音やら記譜法ばかりに目が行き過ぎて、肝心の全体音が鳴っ
ていない。締め切りは来週末だというのに!
今回は電子楽器系は一切使用しない。弦だけ。説明するのも譜面だけ。だからこそ難しい。
ただグチャグチャとやる現代音楽にはしたくないし、毒のない癒し系みたいな音にもしたくない。
でも、この煮詰まり具合は久しぶりだ。
3月吉日、今日から弦楽とコンピュータのための楽曲の修正作業に入った。いつの間にか何か新作をやる
時は必ず街の中心部にあるスタインウェイの本店に行き、そこで楽譜を買ってくるのが習慣になっていた。
日本に比べて白紙の楽譜も色々種類があり、値段も安い。演奏のための楽譜も多く、スティーヴ・ライヒ
のスコアなどもちゃんと普通に売っている。
今日はこの店のオリジナル楽譜を購入。紙質も良い。いつも思うが、新しい楽譜は良いものだ。最初に音符
を書く時のワクワク感はいつまで経っても変わらない。
2003年2月の日記
2月吉日、ここ数日ハンブルグは快晴です。日中のアルスター湖の散歩は快適です。自宅から
近いといっても湖周辺を歩くとけっこうな距離なので、この運動ド不足には丁度良いです。
最近よく窓の外から戦闘機らしきものがスクランブル発進していくのを目撃します。
空で何か起こっているんでしょうか。ただの訓練だといいんですが。
話は変わって、今年は多少コンペ狂いになろうと思って、色々と出品したり調査したりして
います。まぁやっぱりエレクトロニクス系のものはヨーロッパでもそんなになくて、どちらか
というとオーケストラとか弦楽なんちゃらとか、所謂クラシック楽器のための作曲コンペが多い。
で、Webサイトによっては過去の受賞作品なんかも聞けるんですが、やっぱり「現代音楽」とか
「新しい音楽」って、バンッ!ゴギャン!コンッ!ピン!ヒャ〜〜、ドーン!みたいなのが多い
んですかね(こんな擬音じゃわかんないってな)。自分でもそういうのを作ったりはするし、仕
事で求められてする事はありますが、冷静に見るとここ十数年あんまり変わってない気がする。
別に悪いって意味じゃないんですけど、自分もそんな分野に関わっているひとりとして、ん〜、
考えてしまいます。やはり作曲家は時代や人々の感覚と共に変わっていかなければいけないん
じゃないかと。強固に個性を守るのも良い事ですが、その「個性」ってのはどれ程のもんなのか
という自覚と自己反省みたいなものが必要な気がします。
その辺の心の駆け引きは本当に難しいんですけどね。
さぁて、作業に戻ります!
2月吉日、ようやくストーブは完治。やっと人間らしく部屋を歩いたり、ふとんをかぶりながら
作業することもなくなった。やれやれです。
nob氏から映画制作無事終了のメールが。もうー、お疲れさまです!体調崩しながらの作業だっ
たようですが、本当にお疲れ様でした。送られてくる完成版VTRが楽しみです!
2月吉日、映画の方はエンディングのOKをもらうのみ!
で、相変わらず作業場に閉じこもっている日々ですが、なんと先週から部屋のヒーターの
調子がおかしくて、今は止まっている状態なんです。なんとか簡易ヒーターでしのいでい
ますが、部屋中を駆け巡るオイルヒーターの力にはかなわない。早く直って欲しい。
北海道出身のくせに寒いのだけは勘弁です。でも北海道の人って意外に寒さには弱いです。
なにせ、冬は暖房に頼りきりで部屋はいつでも常夏ですから。
あー、それにしても仕事があるのに集中力がもちません。さむ!
2月吉日、なんていうか、人の見極めっていうのは難しいもんですね。
なんだ、いきなりこんな話しって言われるんでしょうけど。
先日、ある人とそういう話しになったわけです。我が家でもそういう話しはよくするんですけど。
かけだしの頃なんか若かったし、20歳に成り立ての奴なんかほとんど相手にもされないし、売込み
行っても名刺ももらえず、なんてことも札幌じゃよくありましたが(まぁ、当然ですけど)。
なんか若いし、安いし(笑)なんて事で、これってただ利用されてるだけじゃないの?って事でも
文句も言わず我慢してましたけど。人間って気を付けてないと人を利用する人はとことん利用する
し、利用されてしまう人はとことん利用されてしまう。これってどっちも損ですよね。全然人間関
係が成り立っていない。
あと、仕事の時に「面白い事」とか「楽しく」という言葉がよく出て来る時があるんですが、こう
いう業界って面白い業種なんだし、それが好きでやってんだから楽しんでますよ、それは。
でもそれは基本のことであって、 それが目的となると「?」となってしまいます、自分の中では。
面白い事をやるとか、本気で遊ぶ、という事はよく言われているし、何か新しい事をやるっていう
エネルギーにはなるんですけど、結局それってエネルギーというだけで、それは結果じゃないと思
うんです、最近。活動していく上で必要なんだけど、結果「面白かったねー」っていう一言で終わ
ってしまうのが一番面白くない。なんか、向上性がないというか、次に繋がるようなテーマじゃな
い。なんかその辺のケジメをプロとして持っている人としか仕事したくないと勝手に思ってます。
まっすぐな人、曲っていない人、逃げない人、そういう人とは大抵もめないし、気持ち良く仕事も
もできる。でも、そうじゃない人っていざとなると逃げるし、なんか事実を曲げているし、 視点が
まっすぐじゃない。そういう人とはたいがいもめてしまう。
じゃあ、そういうきちんとした人と会うためには、こちらも本気で活動していなければいけないし、
自分自身に厳しくなければいけない。それってすごく大事な事だと思うんですが、どうでしょう?
自尊心って言葉がありますけど、何か失敗した時にそんな自分を許してあげる心、今の自分にとっ
ては、ハァ?という印象しかないです。それは、自分自身に厳しくしてきた人だからこそできる余
裕であって、そうじゃない人がそれをするとエライ世の中になりますよ。ただでさえ変な世の中な
のに。
とまぁ、最初の話しに戻りますけど、その辺をふまえた上での人間関係をハンブルグに来て更に学
んだ気がします。ここじゃ書けない様々な出来事がたくさんありましたが、これも人生の糧と思っ
ております。実際、付合いをやめてしまった人もいました。いくらお世話になっていたとはいえ、
それはそれ、という厳しさと勇気を持つ事が決して悪い事ではないことを知りました。
確かに傷は残りますが、これも大人としての自覚であり、人間には限界があるという現実です。
もうこの街にはいない方がいい、そう思った事も度々ありましたが、幸い、今現在はまっすぐな人
たちに囲まれて、新たな出会いもあって、旧友からの励ましもあって、気持ちもいくぶん解れてき
ました。 全てを含めて、そして周りの支えのおかけで、ホントにいい20代後半を過ごさせてもら
っています。
とにかく、前に進みます。
2月吉日、まだ咽に痛みが・・。まったくドイツの風邪菌はしつこい!
日本では風邪はやってますか?皆さんも気を付けて下さい。
さて、現在は新しいピアノ楽曲の制作の準備に入っています。既に先月「Piano」というアルバムを作り終え
ましたが、今回のはとあるコンペティションに出品するためのものなのです。
自分の事はピアニストだとは思っていないので、今迄もピアノという楽器とは微妙な距離を保ってきたのです
が、今回はどういこうか、色々と思案中です。
機会があればこのWebでも公開できればと思っています。
ところで、5月に再びダイヒトアハーレンで演奏してほしいとのオファーをいただきました。もしかしたら、
次回はピアノを使う、かもしれません。これもまた追って報告します。
2月吉日、そういえば、偶然Webで「ガンダムを創った男たち」というページに出会った。
機動戦士ガンダムと言えば、子供の頃大いにハマったアニメ。
実際には子供の頃より今観た方が話しのディテール、総監督の富野氏が何を伝えたかったのが良くわかる。
思えば、この自分の性格なんかは初期のガンダムを通過し、Zガンダムで形成されたと言っても過言ではない。
あのバブル期に、世の中景気の良さに踊らされていた時代に少年だった自分にとって、現実を直視するため
の一種のバイブル的な存在だったかもしれない。
とにかく富野氏のコメントは、今の自分にとって必要な言葉だらけだった。
金、名誉、権力、地位、嫉妬、やっかみ、噂、浮き沈みなど、混沌の渦ともいえるこの業界の中を歩いてい
くには、周りへの感謝を忘れず、何が真実かを見つめ、雑音にとらわれることなく進んでいくしかない。
いくら弱小作曲家だって誠実に真面目に音楽に取り組んでいけば、 何か光りがあるでしょう、きっと。
ん〜、前回同様変な文ですね、やっぱり風邪のせいか?
最後に、高原選手サイコーです!
2月吉日、風邪完治までもう一歩。それでもここ連日アドレナリンが出る一方なんで、頑張ってます。
今はnob氏からのメールがいつ来てもいいように緊急配備中。
完成が待ち遠しい!
2月吉日、今日は一日霧でした。
夜になって久々にSuzanne Vegaを聴く。思えば最初に聴いたのは高校生の頃で、音楽をはじめたばか
りの頃。今でこそ、俺は現代音楽だの、なんだのと言って活動しているが、当時好んで聴いていたロッ
クやポップスは今でも特別だ。エレキギターはまぁ、あれだけど、アコースティックギターの音は中で
も特別。俺がまだ3歳くらいの時、父親が自作したアコギでよく遊んでいた。でも何故か今でもうまく
演奏できない。鍵盤はそんなに練習しなくてもいきなり演奏できたのに、なんでだろう?
まぁとにかく、彼女の「BLOOD SINGS」を久々に聴いていたらちょっとした回想に浸ってしまった。
相変わらず良い曲です。 まさかこの曲をヨーロッパに住んで聴くようになるとは思ってなかった。
窓から見える風景を見て、ここはどこだろう?と思ってしまった。何故、いま俺はハンブルグにいるん
だろうと。これはネガティブな意味じゃなくて、不思議なんです。似ているんです、故郷の浜頓別に。
人口こそケタ違いだが、街の中にかなり緑があって、海があって、川があって、自宅の近くには湖があ
って。浜頓別にいた時も同じような環境だった。5分も歩けば湖があって毎日のように通っていた。そ
こでは誰にも邪魔されることもなく、ただ音楽が体の中で鳴っていた。
ハンブルグに住めたこと自体は色んな人の御協力の上に成り立っているんだけど、偶然この街に出会っ
たとも言い切れない。この事はいつかこの街を離れる時にわかるんでしょう、きっと。
んー、我ながら変な文章だ。風邪のせいか?このへんで辞めておきます。
2月吉日、HSV高原選手のホーム戦を観戦。
今回は友人夫妻を連れて、またもやゴール裏観戦!
実はスタジアムで出会った友達(と言っても中学生や高校生)がいて、
もう、そこで見ないと面白くないんです。去年の最後の試合依頼の再会
で我らも彼らも大はしゃぎ。本当にかわいいんです、あの子たちは。
おそらく、ゴール裏で観た見た日本人はほとんどいなかったはず。
得点シーンもバッチリ目の前で見ました。
しかも、あの子たちが着いているから危なくない。
とにかく、すごい雪でした。前半は両チームとも動きが鈍かったんです
が、後半になって一気に面白くなりました。
高原選手もかなり良い動き!得点こそありませんでしたが、もう時間の
問題でしょう。隣の子たちも「ウンダバー」を繰り返していました。
高原選手が加入したことで前線のスピードが一気にアップしてます。
いやー、しかし生試合はやはり良いです。 そして勝ち試合は最高です。
どんなにイヤな事があっても、高原選手がゴールに向かっている姿を見
たら一発で吹き飛びます。俺もイヤな事は蹴散らすぞ!
高原選手、これからも無理せず、遠慮せず、頑張って下さい!
さて、いまはnob氏の映画の音楽の作業に入っています。過去に作曲し
たものも使用しますが、新しく作るものもあるので、楽しみです。
今後の展開はこのサイトでもお知らせしていきます。
2月吉日、30日のライブは無事に終了。
人が行き交う中での演奏はこれが3度目。まーだ慣れないけど、ダイヒトアハレ側の
強い要望なのだから、気にしない気にしない。それに今回はうちの嫁さんがティーセ
レモニーを行うという特典付き。向こうでは茶道という日本の伝統を、こっちではコ
ンピュータを使った現代曲の演奏というちょっと変わった夫婦パフォーマンスでした。
急なことにも関わらず協力していただいたM井さん夫妻、S々木さん、応援にかけつ
けてくださったY内さん夫妻に深く感謝致します。ありがとうございました!!
そして、今回はプレスのエバさんと嫁さんのプロのお仕事のおかげでライブ準備から
本番までスムーズに行きました。本当に色んな人の力で音楽ができる事に心から感謝
します。そしてダイヒトアハレのスタッフの皆さん、ありがとうございました!!!
2003年1月の日記
私事で恐縮ですが、1月24日で28歳になりました。
気が付いたら20代も後半。・・・なんだか28年も生きているなんて不思議な感じです。
この日の夜はゆっくり自宅で過ごしました。特に誰かを呼ぶということもなく、ただ
のんびりとね。夫婦水入らずってのが一番いい。
どうも、こう大勢に祝ってもらうというのが照れくさくてダメなんです。
誕生日喜んでいいような年齢でもないしね。
それでも、イリが熱をおして玄関先まで来てくれた事は本当に嬉しかった。いくら家が
近いとはいえ、立っていることすら辛いはずなのに、本当にいい友人がいて俺は幸せ者
です。
そして打ち合わせの後すぐに来てくれたエバさんとの会話も楽しかった。なんだか犬を
飼うらしい。俺も欲しい!!
というわけで、周りの皆のおかげでとても平和な一日を過ごす事が出来ました。
かぁー、でもあと2年で30代突入か。こわい・・・。
1月吉日、なんだか夜は眠れないし、昼間に眠くなっちゃうし、やる事は次から次と・・・。
どうして1日は24時間しかないんでしょうね。
さっき自分のスケジュールを確認してたら、大友さんのライブ(ベルリン)と自分の
ライブ(ハンブルグ)が重なってるじゃないの! がぁー、見に行けない・・・。
これは真面目に仕事しろってことなんですかね。はぁ〜、それにしても残念すぎる。
30日のライブでは恐らくまた人がガヤガヤとうごめく中での演奏になりそうです。
立ち止まって聞いていく人、通りすぎる人、いろいろでしょうが、それでもライブを
やるという紹介があって、自分の名前が出るわけで・・・。
とにかく、こういう環境でのライブは違う種類の集中力(もしくは分散力)が必要な
んで、必要以上に疲れるわけです。
しかも、聞け!って強要出来ない環境ですから。
でも、頑張ります。
1月吉日、ようやくイリ用楽曲の第1稿が完成。でもまだ始まったばかり。
むしろこれからの方が大変、なにせ彼の振付けが始まるからね。
最初は最初の5分だけ作ってって言われてて、残りの15分は既成楽曲を使うと
言っていたのに、気が付けば既成曲は途中の5分で、残りは全部書き下ろすこと
になっていた。
振付け始まったら怒濤の手直しかな?今から覚悟&楽しみにしてます。
でもいくら仕事しても片付かないなー。
でも、来週はようやくイリ主演の「ニジンスキー」を見に行けます。
楽しみ。
1月吉日、帰って来てから何だかやることが盛り沢山。
先週のスペインが夢のよう。ハンブルクはばっちり曇ってます。
怒濤のスケジュールに入る前にこれを書いてます。
明日はイリと打ち合わせ。もう既に曲はだいたいあがっていて、後はひとつに
まとめる作業と、イリの振付けが始まるのでそれを実際に見ながらの手直しに
移行します。そして、nob監督の映画がクランクインしたので、それの音楽制
作の準備に、コンペ含めたその他諸々制作に、30日のライブにと、ウズウスし
すぎて既に頭がパニックです。
とにかく、年初めからこんなに忙しいのは本当にありがたい事です。
さぁ、明日も気合い入れて生きていきます!
1月吉日、無事マジョルカから帰って来ました。
思っていたよりは気温は低かったけど、ハンブルクに比べたら雲泥の差。
1週間ものんびりしたなんていつぶりだろう。
聞かされていたとおりドイツからの観光客が異常に多くて、日本人らしき
人を見かけたのはたった1回。確かに日本からマジョルカ島へ行くのは大変
だし、ドイツから直行便がいくつも出ていることを考えたら当たり前だろう
けど、メニューまでドイツ語だらけでちょっとびっくり。
印象に残ったのは魔女の宅急便とかで出てきそうな路地、それから山の上に
そびえ立つ城、そして海産物!もう魚売り場には感動。日本のそれと殆どい
っしょ。そして何より予想していたよりはずっと都会で、デパートには何で
もあって、ん〜世界中どこへ行っても不便じゃないのかな?とぼんやり思っ
てしまった。
そして旅には出会いがつきもの。ペルー出身で(しかも憧れのインカから)
30年くらいドイツに住んでいる作曲家の人とピアニストであるその息子さん
との出会いが印象的だった。
偶然同じホテルに泊まっていて、どうも顔が同じ系統だったので気にはなって
いたんだけど、話せて良かった。彼らはドルトムントに住んでいるので、何だ
かこれからいい交流が生まれそう。
とにかくいろいろ勉強になったし、ゆっくりと休めたし、何より天気がよかっ
た。良いリセットをして仕事に励めます。
それにしても、ドイツのこの寒さ。
移動時間たった2時間で、一気に現実に戻されてます・・・。
1月吉日、ハンブルクはうっすらと雪が積もっています。
少しだけの雪なら綺麗なもんです。
5日から12日までマジョルカ島に行ってきます。
初めての地中海。子供の頃から一度は行ってみたかったから楽しみ!
たぶん何もせず、ボーっとしてるんだろうけど。
それでは、帰ってきたら報告します!
1月吉日、新年が明けたとたんそこらじゅうで花火が打ち上げられてました。
それも早朝まで。まるで独立記念日のような雰囲気でした。
それにしても自宅のバルコニーから花火を、しかも180度全部から見られるなんて
思ってませんでした。ドイツの花火は日本で売っている何倍の火薬が入っているん
だろう??とにかく、ドイツの年越しは相当うるさいです(笑)。
元旦は、いいだけダラダラしました。んー久しぶり。
さぁ、明日から仕事です(苦笑)!
1月元旦、みなさん、明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い致します。
さぁ、今年はもっと暴れなきゃ。
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